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境界線上の視線・「偽りの春編」春風の章・第八話:凍てつくコロシアム、仮面の刺客

(視点:中村沙織)

1. 氷点下の奈落、白き闘技場


重厚なオーク材の扉が背後で閉ざされ、銀の食器が擦れ合う微かな余韻すらも、冷酷な沈黙の中に呑み込まれていった。

「――案内いたしますわ。皆様、足元にご注意あそばせ」

白鳥明日香は、真紅のマーメイドドレスの裾をわずかに翻しながら、大理石の廊下の突き当たりにある真鍮製の専用エレベーターへと歩みを進めた。

カツン、……カツン、……カツン。

ジャンヴィト・ロッシの13センチ・ピンヒールが、冷たく乾いた大理石を容赦なく踏み砕くような金属音を奏でる。

彼女の太腿から伸びる5デニールの『ロイヤル・オブシディアン・ブラック』は、廊下のダウンライトを浴びて深淵の如き光沢を帯びていた。

歩行に伴って生じる骨盤の滑らかな回旋、一切のブレを排した大腿四頭筋の引き締まり。

ただ背中を見せて歩くだけで、背後に従う者の視線を強制的にその脚線へと固定し、呼吸のリズムをじわじわと狂わせていく。

(……相変わらず、ただ歩くだけで周囲の空間圧を支配する女ね)

私はポーカーフェイスを維持したまま、クリスチャン・ルブタンの特注パテントレザー・パンプスを等間隔で響かせ、明日香の斜め後ろを追従した。

私の脚を包む5デニールの『ミッドナイト・シャドウプラム』が、歩行のたびに深い紫の陰影を刻み、彼女が放つ黒の支配力に対して静かに刃を研ぎ澄ます。

私の右隣には、180センチの長身を誇る武田美姫。

彼女の身に纏う5デニールの『フロスティ・アイスシルバー』は、冷たい蛍光を帯びて微細に粒子を乱反射させ、明日香の背後を固める三人の部下たちの視線を強烈に牽制していた。

エレベーターが静かに沈降を始める。

地下三階から、さらに深く。

地下四階、五階、六階――。

インジケーターの数字が下がるにつれ、密閉されたカゴの中に染み出してくる空気の質が、明らかに変貌していった。

湿度を削ぎ落とされた、刺すような極度の冷気。

そして、研ぎ澄まされた氷塊だけが放つ、特有の無機質な匂い。

「沙織さん……」

美姫が、誰にも聞き取れないほどの微かな呼気で、私の耳元に囁いた。

「……感じますか、この空気」

「ええ。身体が勝手に覚えているわ。……十年前、私たちが命を削り合っていた、あの場所と同じ匂いよ」

チーン、という無機質な電子音が鳴り響き、重厚な油圧ドアが左右へと開かれた。

目の前に広がった光景に、私は思わず眉をわずかに動かした。

「……っ!?」

美姫が、息を呑む気配が肌に伝わってきた。

「沙織さん、見てください……!」

そこは、東京・銀座の地下数百メートルに隠された、信じがたいスケールの巨大空洞だった。

天井高は優に十五メートルを超え、見上げるようなすり鉢状の観客席が周囲を幾重にも取り囲んでいる。

だが、何よりも異様だったのは、そのスタジアムの中央に鎮座していた「舞台」だった。

光の反射率を極限まで高めた、鏡面のような純白の氷板。

国際規格に準拠した、広大なフィギュアスケート専用リンクが、無数の水銀灯と青白いスポットライトを浴びて、神聖なまでの冷気を噴き上げていたのだ。

「これは……?」

私は、ルブタンの赤い靴底をフロアの硬質なゴムマットに固定し、冷然と明日香の背中を問い詰めた。

明日香はゆっくりと振り返り、真紅のドレスのスリットから覗く完璧な脚をクロスさせながら、蠱惑的な笑みを口元に刻んだ。

「ふふ……ご覧の通りですわ、中村サブリーダー。あなた方が最も得意とし、かつてこの国の頂点に君臨した舞台――『特設アイススケートリンク』ですわ」

冷気が、私たちの薄手のストッキング越しに素肌へと容赦なく這い上がってくる。

だが、私の脳髄を冷やしたのは、物理的な温度ではなかった。

「正気ですか、明日香様」

私の声は、氷の刃のように低く、鋭く響いた。

「美姫はかつての全日本選手権覇者。そして私もまた、かつて『氷上のプリンセス』と呼ばれ、氷上での重心移動、遠心力の掌握、エッジワークの全てを骨の髄まで叩き込んできた人間です。……あえてこの場所で、我々にランウェイバトルを挑んで勝てるとでもお思いかしら?」

相手の土俵に自ら飛び込むなど、美脚市場における戦術の基本からすれば自殺行為に等しい。

だが、明日香の瞳の奥には、動揺の欠片すら存在しなかった。

それどころか、獲物を檻に追い込んだ狩人特有の、深く暗い愉悦が湛えられていた。

「ええ、もちろんですわよ」

明日香は、細い指先で自らの白磁の顎をなぞり、冷ややかに言い放った。

「相手の最も得意とする領域でこそ、その誇りを細胞レベルまで叩き折り、完全なる絶望を与えるのが、白鳥家の流儀ですもの。……それに、ただの氷上ではありませんのよ。このリンクは、アトランティスが誇る最新の重力制御と音響振動システムを組み込んだ、世界で唯一の『バトル・アイスステージ』なのですから」

私は、視線をわずかに落とし、隣の美姫と一瞬だけ視線を交錯させた。

美姫の引き締まった顎のライン、研ぎ澄まされた視線。

私たちは、相手の部下たちに聞こえぬよう、唇の動きを最小限に抑えながら小声で言葉を交わした。

「……美姫。相手が私たちの経歴を知り尽くしている以上、純粋な負け戦を仕掛けてくるはずがないわ。……確実に、何らかの致命的なトラップ、あるいは未知の戦術を仕組んでいる」

「分かっています、沙織さん」

美姫の細い眉が、険しく引き結ばれる。

「ですが……罠があろうとなかろうと、氷の上でこの武田美姫に勝負を挑んでくること自体、正気の沙汰ではありません。……ランウェイの上でも、ブレードを履いた氷の上でも、私の脚が描く軌道に追いつける人間など、この世に存在しません」

若き天才アスリートとしての絶対的な誇り。

だが、その自信の僅かな隙間にこそ、毒針が打ち込まれる。

私は師として、彼女の気負いを戒めるように視線を鋭く保った。

「まずは、あちらの控室でお着替えをなさってくださいませ」

明日香は、リンクサイドに設けられた二つの扉のうち、左側を優雅に指し示した。

「このままのドレスとスーツでバトルになりましては、せっかくの最高級のお洋服が台無しになりますわよ?」

その挑発に対し、美姫が一歩前に進み出た。

180センチの圧倒的なプロポーションから放たれる威圧感が、リンクの冷気と混ざり合い、青白いオーラとなって明日香を射抜く。

「ご心配には及びませんわ、明日香様。……私たちの服が汚れる心配よりも、明日香様ご自身の高価なドレスが氷に擦り切れ、その輝かしいメンツと共にズタズタに引き裂かれる心配をなさるべきです」

痛烈極まりない返答。

明日香の背後に控える部下の一人がピクリと肩を怒らせたが、明日香自身は優雅に喉を鳴らして笑っただけだった。

「ふふ……威勢がいいことですわね、美姫さん。ですが、あなたたちの方こそ、その誇り高き足元をすくわれないよう、くれぐれも気をつけることですわ」

明日香は真紅のドレスを翻し、部下たちを引き連れて右側の控室へと消えていった。

重い防音扉が閉まる音が、地下の空間に低くこだまする。

「……行くわよ、美姫。私たちも着替えるわ」

私は美姫の肩を軽く叩いた。

「相手が何を仕掛けてこようと、対応できるよう、身体の芯から感覚を研ぎ澄ませなさい」

「はい、沙織さん」

私たちは、指定された左側の控室へと足を踏み入れた。

2. 密室の暗号、唯一の生命線

控室の中は、暖房が効いているはずなのに、どこか張り詰めた冷気が澱んでいた。

壁面には大型の姿見と、最新のフィギュアスケート競技用ギアが整然と並べられたロッカーが備え付けられている。

扉の鍵が確実にロックされたことを確認し、私はロッカーの前に立ちながら、低く声を落とした。

「美姫。……このバトル、何としても私たちが勝利し、奴らから白鳥和也の正確な所在を聞き出すわよ」

私の言葉に、美姫はシューズのシューレースを解きかけながら、不思議そうに小首を傾げた。

「沙織さん……白鳥和也の情報、ですか? ……ですが、我々が負けても白鳥和也の情報を白鳥明日香に渡すんですよね?」

「ああ。相手の狙いからすれば、私たちが持っている白鳥和也の『血液型』の情報は渡すことになるだろうな。……だが、それはあくまで万が一、私たちがランウェイバトルで負けた場合の話よ」

「……白鳥和也の、血液型ですか?」

美姫の薄い唇から、困惑の息が漏れた。

「なぜそんな基礎的な生体情報が、5億の脚値を持つ白鳥家の令嬢との取引材料になるのですか? たかが血液型一つで、これほどの巨大な抗争が動いているというのですか?」

彼女の疑問はもっともだった。

美姫は、美脚市場におけるトップクラスの戦闘員(プレイヤー)であり、4億を超える驚異的な脚値を持っている。

だが、組織の政治的な中枢、あるいはアトランティスという巨大シンジケートの血塗られた構造までは知らされていない。

現場の実行部隊としての役割に特化させられていたからだ。

私は、ディープエメラルドのジャケットのボタンを一つずつ外しながら、鏡越しに愛弟子の瞳を見据えた。

「そうか……お前はまだ、白鳥和也と、あのアトランティス『会長』との真の関係を知らないのだったわね」

「はい……私のような、現場のサブリーダーの下にいる末端の人間には、そうした最上層部の機密は一切開示されませんから」

美姫は悔しそうに瞳を伏せた。

私は息を深く吸い込み、ロッカーから競技用の戦闘ウェアを取り出しながら、静かに告げた。

「まあいいでしょう。……これから命を懸けた氷上のランウェイバトルに臨むのだから、お前にも知る権利があるわ。お前に伝えたことは、後で私から上層部に報告して筋を通しておく」

「ありがとうございます、沙織さん……!」

美姫の瞳に、真剣な光が宿る。

私は、ジャケットを脱ぎ捨て、タイトスカートのスリットを解きながら言葉を紡いだ。

「白鳥和也はね……単に会長派と反会長派の狭間で暗躍した裏切り者というだけではないのよ。……あの男は、アトランティス現会長に万が一の事態が起きた際、世界中で唯一輸血が可能な、極めて特殊な血液を持つ人間なの」

「なっ……!?」

美姫が、息を詰まらせて硬直した。

「現在の会長は、極めて稀少な変異型血液――『Rh-null(完全抗原欠落型)』の持ち主よ。あらゆる抗原を持たないがゆえに誰に対しても輸血できる反面、いざ自らに輸血が必要となった際には、全く同じRh-nullの血液しか受け付けない。そして、過酷な美脚抗争の頂点に君臨する会長にとって、同じ型を持ち、完全に適合する唯一の生ける生命線(ドナー)こそが、白鳥和也なのよ」

「……唯一の、輸血ドナー……」

「そうよ。このデータと和也の所在を会長派が完全に手中へ収めれば、会長の体制と生命維持は盤石なものになる。逆に、私たちが和也の身柄と血液プロファイルを完全に掌握しておけば、会長の首根っこを押さえ、現体制に対して絶対的な交渉力を持つことができる。……だからこそ、会長派も、そしてあの狡猾なレッグフェラー財団も、血眼になって和也を追っているのよ」

美姫は、自らの引き締まった太腿を強く握りしめた。

「そんな……会長自身の命綱となる秘密が、あの男に……。そして、その鍵が、今この地下の氷上で奪い合われようとしているのですね」

「ええ。だからこそ、絶対に負けられない。……着替えなさい、美姫。氷の上で、私たちの全てを解放するわよ」

「はいっ……!」

3. 氷上の戦闘服、四人の極限美

私たちはロッカーに用意されていた特注のフィギュアスケート・バトルウェアへと身を包み、入念にメイクを整え直した。

氷上という特殊な環境。

マイナス五度の冷気と、摩擦係数ゼロに近い滑走面。

そこで行われるランウェイバトルは、地上のフロアとは全く異なる身体能力と、極限の視線誘導技術を要求する。

準備を終えた私たちが控室の防音扉を開けてスタジアムへと戻ると、すでにリンクサイドの中央には、白鳥明日香とその一行が待ち構えていた。

冷気が、肌を突き刺す。

水銀灯の鋭利な光の下、敵味方四名の「戦闘服(コスチューム)」が、張り詰めた沈黙の中に対峙した。

まず、私の前に立つ――白鳥明日香

その姿は、まさに氷上に降臨した残酷なる女王だった。

身に纏うのは、深紅のルビーベルベットと漆黒のシアーメッシュが複雑に交差する、オフショルダー・マーメイドカットの競技用バトルドレス。

胸元からウエストにかけて極限までタイトにシェイプされ、骨盤のしなやかな立体感を彫刻のように浮き彫りにしている。

腰から太腿にかけて施されたスリットは、滑走時の脚の伸展を妨げないよう、右脚の付け根近くまで鋭利に切り込まれていた。

そして、その完璧な脚を包むのは、5デニールの『ロイヤル・オブシディアン・ブラック』極薄ストッキング

氷の反射光を浴びながらも、光を呑み込むような漆黒の薄膜が、彼女の肌の白さと、一切の無駄を削ぎ落とした大腿四頭筋の陰影を悪魔的なコントラストで際立たせている。

足元は、真紅のパテントレザーで仕立てられた特注のスケートブーツ。

エッジを支えるブレードは、ゴールドクロームでコーティングされたハイプレシジョン・ブレード。

一歩踏み出すたびに、氷を削る硬質な火花を散らしそうな威圧感を放っていた。

髪型は、豪奢な夜会巻きを氷上仕様に強固にピン留めしたクラシカルシニヨン。

メイクは、氷の冷気に侵されないマットな真紅のリップと、切れ長の瞳を強調する漆黒のキャットライン。

漂う香りは、濃厚で支配的なダマスクローズとアンバー。

冷気の中で拡散せず、彼女の周囲に重厚な結界のように滞留していた。

そして、その明日香の傍らに立つ、もう一人の人影。

「……ッ!?」

美姫が、鋭く息を呑んだ。

「沙織さん……あれは、誰でしょうか……?」

明日香の隣に直立していたのは、先ほどの会食にはいなかった、見慣れない女性だった。

身長は185センチという、圧倒的な長身。 鍛え抜かれたトップアスリートとしての強靭な体幹と、国際舞台で喝采を浴びるトップモデルのそれすら凌駕する神話的なプロポーション。

スケート靴のエッジに乗ることで優に190センチを超える絶対的な高みに達し、ただ佇んでいるだけで周囲の空気を冷徹に凍てつかせる凄絶な威圧感を放っていた。

驚くべきことに、その顔の上半身は、白銀とプラチナで精巧に作られたヴェネチアン・マスクによって完全に覆い隠されていた。

仮面の隙間から覗く双眸は、感情の一切を削ぎ落とした、怜悧で知的な青灰色(スレートグレー)の眼差し。

彼女が身に纏っているのは、メタリックチャコールとミラーシルバーの幾何学模様が張り巡らされた、皮膚と完全に同化したかのようなハイネック・ボディスーツ型競技ウェア。

余計な装飾を極限まで削ぎ落としたそのフォルムは、武道や極限のトレーニングによってミリ単位で研ぎ澄まされた驚異的な骨格と、一切のブレを排したしなやかな筋肉美を生々しく浮き彫りにしていた。

その脚を包むのは、5デニールの『スモーキー・オパールグレー』特注ストッキング

金属質の光沢を放つ特殊な繊維が、彼女の太腿からふくらはぎへと至る筋肉の脈動をリアルタイムで視覚化し、見る者の平衡感覚を狂わせるような妖しい陰影を揺らめかせている。

足元は、マットグレーのカーボンファイバー製スケートブーツ。

装着されたブレードは、極薄のバイオレットコーティングが施された、氷を無音で切り裂く暗殺者の刃。

髪型は、流れるような漆黒のストレートを後ろでタイトに束ねたハーフアップ。

香りは、体温を全く感じさせない、澄み切ったオゾンと知的な冷気そのものが凝縮したような無機質な芳香。

「……なるほどね」

私は、冷ややかに呟いた。

「会長派が隠し持っていた、氷上の特務戦士というわけね。……おそらく、脚値は3億……いえ、4億に迫る凄みを感じるわ」

対する、私たち反会長派。

武田美姫

25歳、身長180センチ。

脚値4億超。 彼女の戦闘服は、アイスブルーからフロストホワイトへと息を呑むようなグラデーションを描く、ノースリーブ・ハイネックの競技用シースルードレス。

背中は肩甲骨の下まで大胆にカットされ、トップアスリートとしての強靭な脊柱起立筋のラインが露わになっている。

スカート部分は、右太ももを完全に解放するアシンメトリーなカッティング。

彼女の神速のステップを支える脚を包むのは、5デニールの『フロスティ・アイスシルバー』

氷の結晶を織り込んだかのような極薄のストッキングは、青白いスポットライトの下で銀色の粒子を乱反射させ、見る者の網膜に残像を焼き付ける視線誘導の兵器と化していた。

足元は、純白の最高級カーフレザー製カスタムスケート靴。

ブレードには、精密な研磨が施されたダイヤモンドエッジ加工のシルバーブレード。

髪型は、激しいステップでも一分の乱れも生じさせない、タイトに編み込まれたブレイズヘアのモダンアップ。

メイクは、透明感を極限まで引き上げたシルバーのアイシャドウと、薄い桜色のリップ。

香りは、ペパーミントとフリージアが織りなす、肺腑を突き刺すような鋭利な清涼感。

そして、私――中村沙織

42歳、身長177センチ。

脚値3億。

私が選んだのは、漆黒のベロアと深紅のシルクが螺旋状に交差する、アシンメトリー・スリーブのロングテールドレス。

左腕は漆黒のメッシュで覆われ、右肩からデコルテにかけては大胆に素肌を晒している。

スカートは、左太ももの付け根から大胆にスリットが切り込まれ、滑走時に私の脚線の全貌を瞬時に開帳する構造だ。

私の脚を包むのは、5デニールの『ミッドナイト・シャドウプラム』

極限の透明度が、長年の氷上トレーニングとマーケティングの修羅場で培われた、太腿の内転筋から足首のアキレス腱に至る強靭な陰影を、紫のヴェール越しに彫刻のように浮かび上がらせる。

足元は、漆黒のエナメルでコーティングされたカスタムフィギュアスケートブーツ。

ソールには、ルブタンを彷彿とさせる真紅のラインが施され、マウントされたチタンブラックのブレードが、冷酷な光を放っていた。

髪型は、後頭部の中央で一分の隙もなく束ね上げた、知的なハイポニーテール。

メイクは、冷徹な大人の色気を漂わせるボルドーのリップと、研ぎ澄まされたスモーキーアイ。

香りは、氷結した白檀とカシスが混ざり合う、大人の知性と威厳を誇示する重厚なアロマ。

リンクサイドに並び立つ、四人の美脚の怪物たち。

吐き出す息は白く凍りつき、静寂の中でそれぞれのブレードがゴムマットを踏みしめる硬質な摩擦音だけが響いていた。

「……素晴らしい佇まいですわ、お二人とも」

明日香が、真紅のブーツを一歩踏み出し、冷たく微笑んだ。

「まさに、氷上のプリンセスたちの復活にふさわしい舞台立て。……ですが、始める前に、お二人に召し上がっていただきたいものがございますの」

明日香は、背後の部下に視線を送った。

部下が差し出した銀のトレイの上には、二本の銀色の小型シリンダーケースが載せられていた。

カチリ、とケースが開かれる。

その中に収められていたのは、透明なガラス筒の中で怪しく淡いピンク色の光を放つ、二本の薬液入り注射器だった。

「……っ!?」

美姫の瞳が、警戒で細められる。

「これは……何ですの、明日香様?」

明日香は、細く長い指先でその注射器の一本をつまみ上げ、私たちに向けて掲げて見せた。

「この薬の名は――『ヴィーナス(V.E.N.U.S)』。……ランウェイバトル専用のナノケミカル・ブースターですわ」

冷気が張り詰めるスタジアムに、明日香の残酷な声が染み渡っていく。

「これをお二人の体内に注入していただきます。……効果は極めてシンプル。人間の脳のリミッターを強制的に解除し、視覚から入力される『美脚の魅力』と『ステップの美しさ』を、ダイレクトに精神的・身体的な負荷――すなわち、ライフゲージ(目の赤みの広がり)の減少へと変換する触媒ですわ。……これを用いれば、女同士であっても、相手の美脚の圧倒的な完成度によって、呼吸を奪われ、膝を震わせ、最後には意識を刈り取られて失神に至る……完全なる『武力としての美脚勝負』が成立いたしますのよ」

(……ヴィーナス……!?) 私の胸の奥で、激しい動揺と冷たい戦慄が走った。 (ヴィーナスですって……!? そんな薬物、聞いたこともないわ。……アトランティスが、水面下でそんな恐るべき薬物を極秘開発していたというの……!?)

横に立つ美姫の顔色もさっと青ざめ、息を呑んでいた。

彼女もまた、そんな薬の存在など初耳なのだ。

そして――ふと視界の端で捉えた、明日香の傍らに立つ仮面の女性。

彼女もまた、一切の感情を排した仮面の奥で、スレートグレーの双眸を微かに細め、冷たく張り詰めた息を呑んでいた。

その研ぎ澄まされた佇まいからも、彼女自身にとってもその注射器が未知の存在である気配が、肌感覚で伝わってきた。

誰も知らない。

白鳥明日香という女だけが、すべてを握り、あざ笑っている。

「効能の詳細につきましては、戦いの中で身をもって味わっていただきますわ」 明日香は、獲物を値踏みする蛇のような冷酷な瞳で、私と美姫を交互に見据えた。

「さあ、お二人とも。その美しい二の腕に、このヴィーナスをお打ちになって。……白鳥和也の運命と、曖昧になった関東の境界線を懸けた、氷上のデスマッチの始まりですわ」

銀色の注射器が、青白いスポットライトの光を浴びて、妖しく、不吉に煌めいていた。

(境界線上の視線・「偽りの春編」春風の章・第八話:凍てつくコロシアム、仮面の刺客 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

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