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時代のプリズム展に行きました

時代のプリズム展に行ってきました。

展示会にいつも一緒に行く友人がたまたま東京に来ていたので、展示会に行こうという話になり、チョイスしたのがこの「時代のプリズム」でした。
理由としては単純で、21世紀美術館で美術館を知った私たちが「あ〜!この作家ね〜!」となる作家が多かったからです。
現代アート寄りの展示会を中心に巡っているので、リクリット・ティラヴァニャやらヤノベケンジやら言われるとどこかで見たけど何回見てもいいよね〜!となったわけです。
今回の展示の趣旨と私達の目的は一致していて、各々の時代の「現代アート」を見せてくれるわけですから、それはもう「見た見た、好きなんだよねこれ〜」の連続でした、前半までは……。

アトムスーツ見れてうれしかった!

西山美なコの《ザ・ピんくはうす》あたりから、「あ、これ、私やってるわ」を突きつけられることになりました。

西山美なコ 《ザ・ピんくはうす》

《ザ・ピんくはうす》は写真の通りとして、イ・ブルの《受難への遺憾―私はピクニックしている子犬だと思う?》に使用されたグロテスクな着ぐるみ、その後ろに笠原恵実子のpinkシリーズ(でっかいピンクの子宮口の写真!)が並びます。

イ・ブル 《受難への遺憾―私はピクニックしている子犬だと思う?》

ここで私は子連れやカップルを心配し始めてしまったわけですが(気まずくならないかなとか)、帰宅してからこれってそうじゃない気がしてきたわけです。
「現代アート」として私達が消費しがちなのは、なんとなく「変で面白くて美しい」ものな気がしますが、その裏にはほぼ必ずメッセージ性があることも知っていたはずでした。時代背景を鑑みれば、ジェンダーに切り込む作品があって当然なのに、何をびっくりしていたんでしょうか。

漂白されたお涙頂戴の戦争映画を皮肉ったような小泉明郎の《若き侍の肖像》はかなり個人的にドツボで、大ウケしながら見ていたわけですが、その一方でこれにキレる人とかいそうだよなとか考えていました。束芋の《公衆便女》は個人的には好きだけど、気分悪くする人いそう、とも思いました。

いや、キレていいし気まずくなったほうがいいよね?鑑賞した人に美しさでの感動を与えることだけが芸術の役割ではないんじゃない?なんか「当たり障りのないもの以外」を切り離しちゃってたな。「当たり障りがあるもの」に切り込めるのが芸術だろうに。

というわけで、子宮口の前で面食らっていたあのおじさまは、いい経験をしたということですね。
総じて結構好きな展示でした。

展示会行ったら、散文でも感想を書いておくのもいいかもしれないな〜。まただいぶ先でしょうが展示会には行くと思うので、その時の散文でお会いしましょう。おやすみなさい。

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