パリに行くと、背筋が伸びる。
先日、パリ旅行の帰路でICEが遅延した話を書いたところ、note編集部の「今日の注目記事」に取り上げていただきました。お陰様で、私の記事では見たことのない勢いでスキが3桁を超えました。露出の威力を大いに実感しました。読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
さて、パリの話です。

と言っても今回はこれと言って特筆すべきことをしたわけではありません。かつて仕事でお世話になった方々に会い、食事をしながら昔話や今の話に時間が経つのを忘れていました。
傍から見るとパリに住むのは色々とハードルが高く感じるのですが、知人の話を伺っていると、住んでいる街が自分に合っていること、そして自分の好きな街で暮らし働くことができることは本当に幸せなことだと感じました。

パリについて、よく人種差別の話を聞きます。私の身近でも聞いたことがあるのですが、幸いにして私はまだ経験したことがありません。
ただ今回、気づいたことがあります。
それは、パリに来ると自然と背筋が伸びて姿勢が良くなることです。
自分の「縄張り」ではない場所、決して治安が良くない場所、言葉に不自由する場所に来たことで身構えるのか、他人に侮られると理不尽な目に遭うのかもしれないと無意識的に感じるのか、ドイツにいる時よりも堂々と歩こうとしていることに気づきました。
私の身長は175cmと決して高くはないのですが、巨人と巨漢の国(?)ドイツからフランスに来ると、自分の目線が少し下がるのが分かります。猫背を正せば、私の身長でも、多くのフランス人と同じくらいの目線になるのです。
犬は縄張りの外に出ると尻尾が下がりますが、私の背筋は逆にピンと立ち上がるようです。そのせいなのか、東洋人ということで嫌な思いをしたことは幸いにして今のところありません。
というか、パリジャンやパリジェンヌの肩で風を切りながら颯爽と歩いて行くあの姿、普通にカッコイイなと思いました。むしろ街があの歩き方を求めているとか? なんて思ったり。東洋人の私が付け焼刃的に真似をしても滑稽に映るかもしれませんが、私の知人はパリの夜景に自然と馴染んでいました。街が自分に合うって、こういうことなんでしょうね。

観光客としてのパリしか知らない私がお伝えできるアドバイスと言えば、「期待値を極限まで下げてから行け」です。
「パリ症候群」という言葉もあるくらい、パリは、一人ひとりの頭の中で、それぞれに理想化されているのだと思います。そこに現実の生々しい生活感が入り込むと、「あれ、思っていたパリと違う」と、そのギャップに苦しむ人がいるのも無理のない話です。
ただ、かといって現実のパリがこの世の終わりのように酷いわけでもありません。地下鉄では自分の背後に、道では足元の固形物に、横断歩道では信号という概念を忘れて突進してくる自転車に気を付ければ、基本的には大丈夫です。
変な話、私はフランクフルトに住み始めてから、パリに行ってもそこまで街の汚さや地下鉄の臭さも気にならなくなったと言うか……。そのうち、オスマン様式のアパルトマンや高くそびえる街路樹に視覚を奪われて、嗅覚が鈍くなっていきます。

背筋が伸びるのを感じたのは、歩き方だけではありませんでした。
フランス語を話すときの気持ちまで、少しだけ強気になっていたのです。
「フランス語が通じるかな?」と不安に思いながらオドオド話すより、「このフランス語くらい分かるよな?」くらいの強気な態度で、大きな声ではっきり発音する。
すると、フランス語のたどたどしさは同じでも、相手はこちらの話に耳を傾け、応対してくださるのです。
私自身、フランス語の自分の発音については自信が無く、その上フランス人はノンネイティブのフランス語に厳しいという話を聞いていたので、余計にフランス語を話すのが怖くなっていました。
でも、ニコッと微笑みながら「Bonjour !」と言い、去り際に「Au revoir !」や「Bonne journée !」と言えば、相手も自然に反応してくれます。
ちゃんと応対してくれない場合は、多分こちらのフランス語の問題とか人種の問題ではなく、店員の態度が悪いなどの「あちら様」の事情と考えたほうが精神衛生上良いかもしれません。私はこれで、心のつかえがかなり取れたように思います。
前から不思議に思っていたことがありました。フランスに住む外国人全員がフランス語を上手に話せるわけではないのに、どうやって暮らしているんだろう?と。
そんな時に比較対象となるのが、私のようにドイツに住む外国人です。私たちは個人個人訛りがあり、話すドイツ語も完璧からはほど遠いのですが、ちゃんと生活できています。
フランスでも事情は同じかそれに近いはず。完璧に話すことを目指すのではなく、「私はあなたとフランス語で話したいです」という意思を、第一声の「ボンジュール!」に込めること。それで良いんだな、と、今さらながらようやく気づきました。
またパリや、フランスの他の都市に行くときは、もっと積極的に自分からフランス語で話しかけてみようと思いました。旅は恥をかくもの。外国語会話は失敗するもの。そう思って、次はもっと気軽に話してみようと思います。

そんな充実した気持ちで、晴れた空の下、北駅から東駅までのごみごみした通りを抜け、出発30分前にも関わらず乗車が開始したICEに乗車。
「ドイツではこんなにスムーズに乗車できないし、フランスって凄いな」と思いながら、発車まで席でくつろいでいました。伸ばしていた背中も、今は力を抜いてリクライニングに預けています。
プラットホームでホイッスルが響き、機械音とともに扉が閉まる。
車窓に「Paris Est」の看板がゆっくりと流れていく。
理想が幕を下ろし、重たい現実が頭をもたげる。
「ご乗車のICEは、技術的問題により、30分遅れでザールブリュッケン中央駅に到着予定です」
「マジかよ!まだフランスだろ?」と呻く後ろの乗客。
……。
「ドイツ症候群」って言葉は、一体いつになったらできるんでしょうか?
