【9/13】グレーの世界
暗い話題で恐縮だが、自分にはこれといった「生きる喜び」がない。
元から無いのか、それとも途中で無くしてきたのか、はたまた、あるのに見失っているだけなのか。正直、それすらも分からない。
生きづらいと思ったことは何度もある。
いや、今この瞬間も意識のバックグラウンドで、ずっとうっすらと「生きづらい」が鳴り続けている、と表現した方がより正確かもしれない。
困ってしまうのは、自分にそこそこの「生きる力」が備わっていたことだ。
もっと生きづらさを強烈に感じるような、極端な社会不適合者だったなら、かえって楽だったのかもしれないとすら思う。
もしそうなら、こうして二七歳になって初めて自分の人生の意味を案ずることもなかっただろう。きっとそれより遥か前に、大きめの挫折をして、そこから人生が変わっていたはずだ。
中途半端に「生きる力」があるのは、何も全てが悪いわけではない。
そのおかげで、自分は幸い「生きること」自体を嫌いになることはなかった。
もし極端な社会不適合者だったら、それこそ極端な選択を選んでいた可能性もある。そう考えれば、「生きる力」が全くないよりかは、事実これまで生きれているのだからマシなのかもしれない。
しかし、自分が見ているこの限りなくグレーな世界を、一度見てみてほしい。きっと、これがマシなものではなく、また別の地獄に生きているだけだと分かるはずだ。
希望という彩りも、絶望という暗さもない。
そこにあるのは中途半端に綺麗で、中途半端に無慈悲なグレーの世界。
自分の意思で息を吸っているのか、誰かに息を吸わされているのか、どっちつかずのグラデーションの中に自分は居る。
この無彩色な半径1メートルを、これからどうやって変えていくか。それが今後の生きる糧になるかもしれない。
