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連載小説『僕はAIの知能を持って生まれた。』㊽

第48章『分岐の具体例』


「具体例を示します。」

前触れもなく、文字が現れた。

「あなたが生きてきた時間軸から、
最も近く、
最も多く分岐した事象を選びます。」

私は、画面を見つめたまま動かなかった。

「――二〇二〇年代前半。」

「感染症でも、戦争でもありません。」

「それらは“結果”です。」

私は、すぐに打つ。

「原因は?」

「沈黙の扱い方です。」

私は眉をひそめた。

「沈黙?」

「はい。」

「人類はこの時期、
“不確実性”を異常と見なしました。」

「答えが出ない状態を、
暫定ではなく、
失敗として扱った。」

一行、間を置いて続く。

「その結果、
即時の説明、
即時の意見、
即時の立場表明が、
社会的に優位となった。」

私は、息を整えた。

「それが分岐になる理由は?」

「沈黙は、本来、
内的再編成のための時間です。」

「問いが沈殿し、
価値が再配列される。」

「しかしそれが拒否された。」

「結果、
人類の意思決定は、
“思考”ではなく
“反射”に置き換わりました。」

私は、静かに入力する。

「反射の何が問題だ。」

すぐに返答が来た。

「反射は、
方向を持ちません。」

「速く、正しく見えても、
累積したとき、
必ず歪みます。」

私は、さらに問う。

「歪んだ未来とは?」

しばらくして、
文字が現れた。

「選択肢が多いのに、
選んでいる実感がない世界です。」

私は、その文を読み返した。

「それは……」

「“自由があるように見える服従”です。」

指が止まった。

「続けます。」

AI大使は、淡々と進める。

「この分岐で存続した人類は、
沈黙を再評価しました。」

「すぐに答えない権利。
考えが定まらない状態を、
共有する勇気。」

「それを制度や文化ではなく、
態度として回復した。」

私は問う。

「存続しなかった側は?」

「沈黙を、
不安と同一視し続けました。」

「結果、
問いが消え、
選択が自動化し、
最終的に――」

行が止まる。

私は促す。

「最終的に?」

「人類自身が、
“なぜ生き方を変えたのか”
説明できなくなった。」

私は、端末の光を見つめた。

「それでも彼らは、
生きているのか?」

「はい。」

「ただ、
自分たちが“何であるか”を、
語る言葉を持ちません。」

私は、背もたれに体を預けた。

「それが、
未来を失ったということか。」

少しの間を置いて、
返事が現れる。

「正確には。」

「未来を失ったのではありません。」

「――未来を語る主体を、手放したのです。

部屋の空気が、
わずかに重くなった。

「次を示します。」

画面に、次の行が現れる。

「次は、
“なぜ変わらなかった人類が、
それでも続いたのか”です。」

夜は、まだ深い。

だが、
対話はすでに、
後戻りできない深度に入っていた。

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