亡き祖母に教わった、“与える人”が最後に愛される理由
この考えにたどり着いたのは、他でもない——
うちのおばあちゃんの存在がきっかけでした。
うちのおばあちゃんは、とにかく人に優しくて、自分のことより周りの幸せを優先する人でした。
ある日、車に轢かれそうになっていた猫を見つけ、迷わず保護して、飼い主が見つかるまでずっと育てていたことがありました。
お金に余裕があるわけではなかった。年金生活の中で、むしろ節約しなきゃいけないはずの立場だったのに、それでも毎日のように家族にハーゲンダッツを買ってきてくれて。
「なんでそんな無駄遣いするの」って父や叔母からは怒られていたけど、おばあちゃんはいつもニコニコして言ってました。
「だってみんなが喜んでくれるのが、うれしいけん」
そんなおばあちゃんが数年前に他界したとき、ものすごく悲しかったけれど——
葬儀には、なんと300人以上の人たちが参列してくれました。
「大変な時に助けられた」「あの人の優しさに救われた」って言葉がたくさん聞こえてきて、
そのときは悲しみ以上に、**「うちのおばあちゃんって、こんなにも人に愛されてたんだ」**という誇らしさが込み上げてきました。
僕も、死ぬときにたくさんの人に見送ってもらえるような人生を歩みたい。
そう心から思ったんです。
それから、僕はできる範囲で「誰かのために動く」ことを意識するようになりました。
たとえば、自分にあまり余裕がなくても会社の人にお土産を買っていったり、年下にはごはんを奢ったり。
「無理しろ」ってことじゃないけど、人のために動ける人って、回り回って助けられることが増えるなって、実感してます。
実際、そういう行動を意識するようになってから、
仕事のチャンスも広がったし、収入も増えてきたんです。
だから僕はこれからも、ギバー(与える人)として生きていきたいと思います。
それが巡り巡って、自分自身の人生を豊かにしてくれると信じてるから。
