1「ぼくの『ゆうべの夢』、彼女の『明日への讃歌』。そして、その頃。」 ( 連続小説 全十八回)鳥居はじめ

皆さま初めまして、鳥居はじめと言います。この物語は、不器用で要領は悪いがピュアな中学生が、目立たない地味な女の娘に出会う物語です。
全十八回の予定です。長い物語の旅ですが、楽しんでくだされば、これに勝る幸せはありません。最後までお付き合い、よろしくお願いいたします。誤字・脱字、コピーが、飛んだり重複した箇所があれば、コメントで教えてください。よろしくお願いいたします。2026・2・25日 改2026・08・03
【ぼくの『ゆうべの夢』、彼女の『明日への讃歌』。そして、その頃。】
第一章
「ねぇ、死んだらどうなるの?」
「そんなの、わかんないよ」ぼくはそう答えた。
「死んだら人間は、幽霊になるんでしょう? そしたらその時は内村(うちむら)くん…… 幽霊でもいいから、会えないの?」
その白石(しらいし)の言葉がぼくに届いたその瞬間、この世のすべての音が消えた。そして白い入道雲がゆっくりと流れていたのを、今でも覚えている。
白石まゆこにとってこの世界は、ぼくが感じているよりずっと天国に近く、そして透き通ったように美しく見えているのかも知れない。そのとき、そんな気がした。
一九七三年。十五歳まえ、あの中三の夏休み中の登校日。ぼくたちはそこで、その時代、確かに生きていた。
夏のむせかえるような暑さが、草の匂いと蝉の声と共にこの世に蘇り、止まっていた時間の秒針は再び動き出した。
ここは雑(ぞう)木林(きばやし)の奥に拡がる、名前も知らない雑草やセイタカアワダチソウに囲まれた五メーター四方のちょっとした空き地で、外からは見えない。
元々この場所は、土地の持ち主である農家の地主が、以前なにかの資材置場として整備した空間だ。
その名残か、そこには鉄のパイプの管とかが何本か置いてあり、その横には小さな木のパレットなどが積み重ねて放置してあった。
その木のパレットからは、微かにおがくずの匂いがした。
ぼくたちはそのとき、夏休みの登校日の帰りに自転車を押しながら寄り道してこの空き地に立ち寄り、いろんなことを喋った。
まだこの頃は、ぼくたちの住む市営団地の周りにも、畑や田んぼも多く、雑木林もたくさん存在していたのだ。
その場所は、学校の同級生や近所の人たちにもふたりの姿を見られることも無かったので、その後も居心地の良いぼくたちのとっておきの空間になった。
そして何よりもぼくにとってそこは、深夜ラジオを独りで聴いているときを除いて、学校や家ではなく本当の素直なじぶんに戻れる、唯一の場所でもあった。
白石は日頃はちゃんと丁寧に受け答えする娘(こ)だし、普段はすましているのか、『~じゃん』などと砕けた言葉遣いは、学校とか家の中では絶対に言わないタイプの女の子だったけど、こうしてぼくと話していると時々その『~じゃん』が口癖としてでる。
小さい頃、父親の仕事の関係で、横浜のほうに住んでいたことがあったらしい。
関西育ちのぼくは最初は少し違和感も感じたけど、最近ではその『~じゃん』と言うときの白石のイントネーションを聞くのが好きになっている。そして今では慣れてしまって、ぼくも近ごろ影響されてか、知らず知らずその口癖が移って、ぼく自身が言ってしまい、そんなとき内心少し恥ずかしくなる。
今思っても不思議なのだが、他人に本心なんか明かさないぼくが、白石まゆことはいつの間にか、自然に何でも話せる間柄になっていた。
他者に対し警戒心が強く疑い深く慎重で、人に滅多に心を許さないぼくが、ここまで他人に心を開くのはぼく自身もなぜだか分からなかったが、白石まゆこには警戒心を起こさせない特別なものがあったのかもしれない。
「幽霊って、そう巧くはいかない気がするよ」神さまも信じてない唯物論のぼくは、正直その時、無理して白石に話を寄せた。
「そうかなぁ?やっぱり難しいのかなぁ?」白石は納得出来ない口ぶりでそう呟いた。
夏の陽に眩しいくらいの白いセーラー服で、白石は赤い自転車のスタンドを立てながら、
「ちょっと自信はあるんだけどなぁ、私」と言った。
「えぇっと、まぁ(こんな話題に困っている)、仮に白石が幽霊になって会いにきてもさぁ、オレって霊感みたいなもの?ぜんぜん無いし、白石のこと分かんないよきっと。第一オレ、こう見えてもほんとは怖がりだし…… まぁ白石の幽霊ならそんなに恐くはないと思うけど…… これは万が一の話だよ、暗がりなんかから急に白石が現れたら、びっくりして『うわー』って叫んで、反射的に逃げちゃうと思うんだ。そうしたら白石は『わたしよ、わたし。忘れたの?』って言うだろ? そして追いかけでもしたら、オレ益々逃げちゃう気持ち、分かるだろ? そのとききっと、白石に悲しい思いさせちゃうと思うんだけどなぁ」
「分かった、じゃあ暗がりから急に出ないように気を付けるよ」
「幽霊って、昼間より暗い方が出やすいんじゃない? 昼間なら、透明過ぎて、気づかず無視してしまいそうだし…… それはそれで、やっぱり悲しいだろ? 第一、白石が死ぬわけないよ……」ぼくはその話題から話を逸らすように、そう呟いた。
「透明過ぎって、何なの? でもだって人はだれでも、いつかは絶対に死ぬのよ。私、どこかで神さまを信じているから、死ぬこと自体はそんなに恐くはないの。だけど、死んだらどうなるかが分からないから、それが嫌なのよ。ねぇ、内村くんはどう思う?」
ぼくは『死んだらどうなるのか』なんてことは小さい頃、その得体の知れない未知の恐怖から逃れるために、夜、眠れないほど布団のなかで漠然とそして永遠に考えていたことはあるけど、結局はわからなかった。だから途中で考えるのを諦めた。
これがぼくの悪いところかも知れないが、わからないことには思考停止にし、一旦棚上げにしておいて、それ以上深く考えなくなることだ。
いつか分かる日が、来るかも知れない。
――そんな楽観的思考は、ぼくのいいところかも知れない。
だから取りあえず、唯物的に目に見える世界の今を、精一杯楽しんで生きりゃそれでいいと思う。
つまり考えても分からない問題なら、悩むだけ時間が勿体ないから、『いつか分かることも、あるだろう』とよく言えばポジティブ、悪く言えば目の前の問題からいつも逃げている、投げやりでいい加減な人間だった。
でもそんなぼくとは違い白石は、世の中の本当のことを知りたいと、いつも真剣に生きているような気がした。
その白石の真剣さは、彼女の身体の弱さからきているのだろうとは、ぼんやりと想像できた。
きっと白石にとっての時間は、ぼくの時間と違うんだろうなとも思った。
ぼくにとって、いつも学校での昼休み時間に静かに本を読んでいるおとなしいイメージのある白石の、唐突な『お化け』の話は意外だったしちょっと引いたけど、白石が日ごろ考えていることが知れただけで良かった。
「なんかね、オレが死んだ日も地球は回り、テレビでは昨日と変わらず、お笑い芸人たちがテレビなんかでくだらないことを言い合い、笑い合っているのが、想像できないっていうか、不思議なんだよなぁ。だってオレが死んだんだぜ。でも世界はオレが死んでも、何も少しも変わらなくてさぁ、いつもどおり動いているんだからな。その日、オレだけがこの地球の上に居ないなんて、なんか納得できない気がするよ」ぼくは日ごろ思っていることを白石に言った。
白石はそのぼくのつまらない考えを遮(さえぎ)ることもなく、時おりうなずきながら最後までちゃんと聴いてくれてた。
そして馬鹿なぼくの話に対して、呆れたように溜息をついたりすることもなく、真面目に応えてくれたような気がする。
「でもどんなお金持ちだって死ぬよ。王様だって、死ぬよ。それは内村くんよりも、もっと納得できないんじゃない?」と白石はそのときじぶんに言い聞かせるように、ゆっくりとそう言った。
(第二話に続く)
