子どもに注意してばかりの自分に気が付いた日
子どもに対して、
つい「なんでそんなことするの?」って
思ってしまう瞬間、ありませんか?
私は最近、そんな気持ちになることが増えていて。
そんな時に打った囲碁で、
ふと、ある気づきがあったんです。
私はつい、「ここがダメだったから負けた」
「この一手さえ良ければ勝てた」
私はそんな“〇✕思考”で、
物事を評価してしまいがちだという事。
だけど、たとえその「✕っぽい一手」を
「〇の一手」に変えたとしても、
そのあとの流れもすべて変わる。
だから、結果が良くなるとは限らないし、
逆にその一手があったから
次の展開があったのかもしれないって思って。
囲碁の話をしたいわけじゃないんです。(笑)
この気づきが、
そのまま育児にも繋がるなと思ったんです。
自我が爆発し始めた2歳の息子と、
それと真正面から勝負しにいく5歳の娘を見て、
「それはダメでしょ」ってつい、
注意や否定の言葉が増えてる自分がいて。
それって
「もっとこうしてほしい」
「なんでそんなことするの?」
そう思って、
✕を〇に変えようとしてたのかもしれないなって。
でも、✕か〇かなんて、
自分の捉え方によって、
いかようにも解釈はできる。
だとしたら、
私は今目の前で起こっている出来事をどう見るのか。
私が大事にしたいことってなんだろう。
子どもにどんな風に育ってほしいのかな。
そこから考えたら、
今私が口出しすることは本当に必要?
とはいえ、育児中って時間に追われるし、
余裕がなくてつい目の前のことに振り回されがち。
「いますぐどうにかしたい」
って思ってしまう自分もいる。
でも、✕っぽく見えるその姿が、
長い目で見たらその子の持ってる
“かけがえのない種”
なのかもしれないなって。
「〇か✕かでジャッジしたくなる」
それに気づけたから、
子どもたちのことをもっと信じて、
その出来事をどう活かしていこう…
そんな目で
今日もわが子を見つめられたらいいな
って思いました。
そして、
ガミガミ言ってしまった今日の自分も、
「ダメだった」って決めつけないで、
まるっと受け止めてあげたいなって思います。
だって、子どもも私も、〇でも✕でもなく、
今を生きてる途中なんだから——。
