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優しさと自己犠牲は、同じじゃなかった

以前、私は
「優しさは効率じゃ測れない」と書いた。

空振りに終わることがあっても、
報われないことがあっても、
ほんの少しの優しさが
人の心を救うことがある。

その考えは、今も変わっていない。

でも、あの頃より少しだけ
わかるようになったことがある。

それは、

優しさと自己犠牲は、同じじゃない。

ということ。

誰かのために動くこと。
気づいて声をかけること。
困っている人に手を差し出すこと。

それ自体は、とてもあたたかい。

でも、

嫌なのに我慢する。
しんどいのに引き受ける。
相手が困らないように、自分が無理をする。

それまで全部
「優しさ」だと思ってしまうと、
いつか自分の方が苦しくなる。

私は長い間、

できるなら私がやればいい。
気づいたなら私が動けばいい。
相手が嫌な思いをしないなら、
私が少し我慢すればいい。

そんなふうに考えることが多かった。

たぶん、それも私なりの優しさだった。

でも今は、

自分を削らなくても、優しくはなれる。

そう思っている。

優しくしたいから、する。

今日は余裕がないから、しない。

それは冷たさではなく、
自分の状態をちゃんと知ることでもある。

そして不思議なことに、
自分を守れるようになるほど、
誰かに差し出す優しさも
前より自然になった気がする。

「しなければならない」ではなく、
「したいからする」に変わったから。

優しさは、量でもない。
我慢の大きさでもない。

たったひと言でも、
たった一度でも、

必要なときに届いた優しさは
誰かの心に長く残ることがある。

だから私はこれからも、
優しさを大切にしたい。

でも同時に、

自分に向ける優しさも、同じくらい大切にしたい。

誰かを照らすために、
自分の灯りを消してしまわないように。

優しさは、
自分を犠牲にして差し出すものではなく、

自分の中にある灯りを、
分けられるときに
そっと分けるものなのかもしれない。

そしてきっと、
それくらいの優しさの方が
長く続いていく。


これでええと思う。

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