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【創作長編小説】天風の剣 第185話

第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第185話 禁忌の魔法 ―

 厚い雪雲によって秘められた、輝く星たち。
 ひそやかに、しかし着実に、ある形を示そうとしていた。
 もうすぐ空の窓が開く――。



 四聖よんせいたちが通ったと思われる秘密の通路の先。そこは、異様な空気が漂っていた。
 誰かが倒れていた。

「導者様……!」

 倒れていたのは四聖よんせいと一緒にいたはずの、年老いた高僧だった。
 魔導士オリヴィアは、急いで駆け寄り、高僧を抱き起こすようにした。

「ああ、導者様――」

 まだ体はあたたかかったが、すでに絶命していた。
 高僧をそっと横たわらせ、静かに手を合わせてから、オリヴィアは改めて地面に視線を向ける。
 最高位の魔導士とされるオリヴィアは、そこでなにが行われていたのか、薄々感じ取ってはいた。しかし、信じたくない思いもあった。信じたくはないが――、現実を見つめなければならなかった。
 凍った地面の上に、特殊な染料で描かれた古代文字と、複雑な図形。そして、並べられた動物の骨と強く立ち込める薬草と香油の匂い。
 オリヴィアは、古代文字と図形の描かれた大きな円の中心にいた。魔法陣だった。

「やはり――!」

 魔導士オリヴィアは、愕然とした。
 
「ほう、人間も、そんなことができるのか」

 オリヴィアの背後、オリヴィアの頭の上から、大柄なみどりが顔を出す。人間の魔法について知識がないみどりにも、その場に残ったかすかなエネルギーから、どういう魔術が行われたのか理解したようだった。

「遠隔移動の魔法……。空間を超え遠隔へ瞬時に移動するための変換エネルギーとして、強い魔法の力を持つ命をひとつ、要求する術……。禁じられた魔法――」

 強い魔法の中には、禁忌の魔法がいくつかある。書は封印され、口外を罰し、魔法を使う者たちの中でも、知るものはわずかだ。遠隔移動は、そのうちのひとつだった。
 オリヴィアは震える声で、みどりに説明する。みどりに話すことで、オリヴィアは自分の心を整理し、考えをまとめようとしていた。

 導者様は、きっと知らない。ただ抜け道を通り、皆と一緒に外へ出るだけという認識だったに違いない。四聖よんせいを連れ出した者たちは、四聖よんせいたちと自分たちだけが安全なところへ移動するために、導者様を殺し、移動エネルギーを得たんだ――!

 みどりが、質問をしてきた。オリヴィアの激しく波立つ心については、気付いていない様子だ。

「オリヴィア。移動先は掴めるか?」

 なんとか答えを返せたのは、深い呼吸のあと。

「移動といっても、魔の者の移動のように、そう遠くまでは行けません。魔法の痕跡は、時間の経っていない今なら追えるはずです」

 そうか、とうなずくみどり

 落ち着かなくちゃ。精神を、研ぎ澄ませて――。

 オリヴィアは魔法の杖の先を地面に当て、瞳を閉じて意識を深く集中する。
 不思議な光が螺旋を描くようにいくつも地面から現れ、オリヴィアの全身を照らしながら昇っていく。

 掴んだ……! 魔法の痕跡……!

 オリヴィアは、目を開いた。
 そして、きっ、と顔を上げ、オリヴィアは振り返る。 

みどり! 私を運んで!」

 みどりはオリヴィアを抱え、雪の夜空を飛んだ。



 洞窟が揺れ、氷が、岩が落ちてくる。

「みんな、避難だ……! このままでは、洞窟がもたない」

 キアランは、キアランのすぐそばまで駆けつけている守護軍の皆に向かって叫んだ。

四聖よんせいの皆様を、守らねば――!」

 兵士が口々に叫び返す。

「後で状況報告する! 今は、全員退避だ!」

 オリヴィアとみどりが結界内に入ったことを見ていたキアランは、兵士たちに逃げるよう指示した。

「それに今は、外こそ、皆の守りが必要だ!」

 おそらく、オリヴィアとみどりがすでに四聖よんせいを避難させているだろうからと、キアランは外の警護の重要性を、併せて伝えようとした。

「皆の守りが――」

 ざわめき、顔を見合わせる兵士たち。それから、彼らは改めてまっすぐキアランを見つめた。
 様々な危機を乗り越えてきた間に、だいぶ減ってはいたが、兵士たちの中にもあいかわらず、キアランへの不信感を持つ者たちがいた。しかし、皆の安全を気遣い、さらには皆の力を信頼するキアランの言葉に、彼らの心は動いているようだった。

「キアラン殿――」

 ここは大丈夫だ、だから外を任せた、という思いを込め、キアランは皆に向かってうなずく。
 気付けば、洞窟の揺れは、止まっていた。

 シトリン、蒼井――。

 急ぎ振り返るキアラン。
 シトリンの表情が変わっていることに、キアランは気付く。
 シトリンは、衝撃波を放とうと振り上げた手を、止めていた。

「そっか、たくさん、死んじゃう――」

 シトリンの、みるみる悲しそうになっていく表情に、キアランは思わず叫びそうになる。
 
 シトリン! 攻撃を止めれば、危ない! オニキスに隙を突かれて――!

 しかし、キアランが叫ぶ必要もなかった。
 そのとき、オニキスの動きもどういうわけか、止まっていたのである。
 そのときのオニキスは、少し呆然とした表情をしているように見えた。

「洞窟が、もたない――」

 オニキス……?

 オニキスは、キアランの言葉をなぞるように呟いていた。

「人間の身は、耐えられないか――」

 オニキスは、低い声でぼそぼそと独り言を言っているようだった。
 キアランの目に、オニキスの様子は不可思議なものに映っていた。まるで、特定の誰かを案じているような――。 

「ん? どうした、四天王たち――」

 オニキスとシトリンの様子を見て、黒裂丸くろれつまるも動きを止める。おかげで、蒼井も攻撃の手を休めることができた。
 黒裂丸くろれつまるも、蒼井も、かなり疲弊しているようだった。キアランの目には残念ながら、黒裂丸くろれつまると蒼井では、黒裂丸くろれつまるのほうがやや優勢のように見えていた。しかし、互いの力は拮抗しているようで、非常に厳しい戦いのようだった。

 よかった、皆が避難する時間ができた――。それに、蒼井――、どうか、無事生き抜いてくれ――。

 キアランは、オニキスとシトリンの動向を注視しつつも、皆や蒼井の無事を切に祈る。

「キアラン殿の指示通り、今から全員、外の警護へつくように――」

 上官らしき兵士たちが、洞窟の外に出るよう命令していた。
 最後の瞬間までキアランと共にこの場で戦おうと、その場に留まる上官たちや部下たちもいたが、ほとんどの者が外を目指した。

「おや」

 オニキスが、なにかに気付いたように呟く。
 戦いのエネルギーで充満された空間から、静かな空間へと戻っていた。激しい攻防が中断したせいか、周囲に対する感覚が研ぎ澄まされているようだった。

四聖よんせいが、いないな」

「本当だ、いつの間にか、気配がないぞ」

 オニキスに続けて、黒裂丸くろれつまるが呟く。

 しまった、気付かれた――!
 
 一刻も早く遠くへ逃げて欲しい、遠隔魔法が行われたことを知らないキアランは、切なる思いで願っていた。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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