言葉に混乱する私を救う言葉
実はここ最近、最悪に追い込まれていました。
仕事がらみとはいえ、原因の本質は
私自身の「言葉」への向き合いの問題です。
誰がどうみても書いてある事を、
「ないじゃないか」とか、
標準的な日本語や、法定書式を、
「これは間違っているから直せ」とか、
直前の自分の質問を忘れ、回答に対し、「なにを急に言い出すんだ」とか
反射的に口に出し 振り返りをしない、相性が合わなさすぎるタイプと、
がっつり絡む事になったというか、絡まれる、
これまであまり慣れてこなかった現状。
相手の言葉を正面から受け止めがちで、
かつ否定の苦手な私は、
自分が正しいと思っている人への間違いの指摘は、逃げたい事No.1だし、
相手の思い込みが強くて話が通らないと投げ出したくなるし、
相手が己の言葉をあまりに容易く忘れる事も、仕事の場においては理解できず、
ものすごく、ものすごく
混乱します。
でも、そこをクリアしないと進めず、
かけ違いを解く必要があるので、
混乱をグッーと抑え込みます。
表情に出るし、時々は切れますけど。
そんな頭の中の混乱がとうとう、
現実世界で暴れ始め、
今までかかった事のないインフルにかかったり、
健診はほぼAから一気にDだらけ、
初歩過ぎるあり得ないミスをしたり、
とうとう事故までしてしまいました。
なんかボロボロだなあ、
と、ちょっと悲しくなった時、
noteを開くと、
ちゃんとした、芯のある言葉、
温かい、優しい言葉、
共感のある世界に、
ものすごく心癒されます。
そして、すごく落ち込んでいた時に、
たまたま、
私の駄文にありがたくもコメントが
舞い込み、
その的確さと明るさ、温かさに、
なによりも力づけられました。
自分がコメントを差し上げるのは、
おこがましくて及び腰でしたが、
言葉から見える世界に光を射し込んで下さる方々に、
感謝を伝える事ができる仕組みなのだから、
もっと贈れる自分になりたいです。
考えてみたら、私はすでに少なくとも一万冊以上の本を読んでいます。
その積み上げでできた自分の中の
言葉の茫洋さが、
自分を迷子にさせ、
他人の言葉への理解に混乱を生じさせているように思い、とても悲しいです。
人の言葉に混乱する私は、
言葉が怖いです。
だけど、それでも、
自分の茫洋の中から
どこかのどなたかに、
ふわっとした光を射しかけられる一言を生み出したいな、
いや、受け取ったのと同じ量は、
どこかで人の世に返さなきゃ。
なんて、妙な使命感を抱くことは、
生きられるだけ生きようと、
頑張れる理由にすら、
できそうに思えます。
そして、末筆ながら、
素敵な言葉をお贈り下さった皆様、
心を救ってくださり、
本当にありがとうございます。
