初小説を書き終えて
例えば、よくある戦争映画の一場面。いつ終わるとも知れない塹壕戦。
敵味方の銃弾が頭上を飛び交う中で、二人の兵士がお互いの境遇を茶化すように軽口を叩いて、くすりと笑う。
辛い時、苦しい時に、それをささやかな笑いに変えてその場をしのぐ。そんな場面がとても好きです。
「振り返れば俺がいる」シリーズの「おはらい」や「鎮まりたまえ」も、自然災害への漠然とした不安を軽口で打ち消すつもりで、書いたのです。
なので、この夏、各地で地震、台風、大雨被害が発生するたびに、なんとも言えない罪悪感に襲われました。
特に、「おはらい」を公開したその翌日に熊本で大きな地震が起きた時には。
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被災地の方々に、遠く思いを馳せました。一応、ぼくも2011年の地震を経験していたから。とても他人事とは思えなかった。
そして、私事ながら、連載中の小説「ぼくの名前」をどうしようかと、考えてしまいました。物語は、まさにあの年の震災の場面を迎えるタイミングだったのです。
公開を延期しようかどうか、迷いました。けれど同時に、こんな考えが次から次へと頭の中をよぎりました。
「熊本のような地震が、あの年のような震災が、明日、自分の住むこの街で起こるかもしれない。公開を先延ばしにしただけのつもりが、結局公開できないまま終わるかもしれない」
「この小説は、地震そのものをエンタメ的に扱うものではない。むしろ、地震をきっかけに主人公が大切なものを思い出し、取り戻そうとする物語だ」
「便乗してると誤解されるかもしれない。不謹慎だと指差されるかもしれない。でも、この小説は、自分の中の心残りにケリをつけるためのものなんだ」
…迷いに迷って、結局、当初のスケジュールどおりに公開することに決めました。この夏、各地で被災した方々には、この場を借りて改めてお見舞い申し上げます。
考えてみれば、そもそも八月前半は広島、長崎、日航機事故、それに終戦の日が続きます。何もこんな時期に小説のクライマックスを持ってくることはなかったのに、連載を始める段階で気づかなかったなんて。
ほんとに、ぼくは気が利かないな。笑うしかないや。
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何はともあれ、無事に最後まで公開することができました。ぜんぶで四万字にも満たない、短編寄りの中編小説。
ひとつひとつのエピソードについて、もっと言葉を尽くして詳細を描写すれば、立派な長編になったかもしれない。だけど、そんな体力はぼくにはまだありません。
あの震災から十五年。仕事でも家庭でも、ぼくなりに色々経験しました。なのに、全然成長できていない感覚がずっとあって。
そんな時にふと思い出したのが、あの年、あの時、あの場所で、ほんの少しの間「手談(囲碁の別称)」を交わしたおじいさんでした。
ろくな挨拶もしないまま、名前も知らないまま、別れてしまった。せめて創作の中で、あの人にぼくの消息を伝える場面を描きたかった。
この小説は、最初にラストシーンのイメージが浮かび、あとはただ、ひたすらそこに向かって書き続けたものです。
告知文で「主人公の『ぼく』=ぼくではない」と繰り返したのは、この小説を、ぼくの既存のエッセイ群と切り離して、あくまでもフィクションとして読んでほしかったからです。
あんな書き方、しなきゃよかったかな。ややこしかったかな。すみませんでした。
…でも、この小説を書くこと自体は、ぼくがまた前を向いて暮らしていくために、必要な行程だったんだと思っています。
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読み返すたびに拙さが目につくけれど、ついつい、また読んでしまう。
ぼくの名前は、
売るためじゃなく
届けるためにある。
ぼくはこれからも、実生活で、noteで、ジャンべ🪘のように軽口を叩き続けるつもりです。とんとことん。
なんとなく、しんどい時。気分が乗らない時。そんな時に、みなさんの身も心も、すうっと軽くなりますように。
