燃料からは自由になれた。素材からは、まだ一歩も自由になっていない
〜ナフサショックが暴いた日本の急所と、「江戸の循環 × 最新技術」という出口〜
石油消費は「減った」どころか、ほぼ半減している
まず数字から。
日本の原油消費量は、1996年の2.76億トンをピークに減り続け、直近では1.47億トン前後。ピーク比で約47%減。ほぼ半分である。
一方で、自動車検査登録情報協会によれば、2025年3月末時点の自家用乗用車の保有台数は6,183万2,213台。前年比で約6.9万台の「増加」だ。世帯当たり普及台数は1.009台で12年連続の微減だが、絶対数はほぼ横ばい。
車は減っていない。燃料だけが減った。
理由は単純で、HV・EVへの置き換えと、内燃機関そのものの燃費改善。技術が、消費を静かに削り取った結果である。
この数字だけを見れば、日本の脱石油はかなり成功しているように見える。
だが2026年、我々はそれが半分の話でしかなかったことを、最悪の形で知らされた。
2026年2月28日、日本は自分の急所を見た
ホルムズ海峡の実質封鎖。
そこから起きたのは「ガソリンが買えない」ではなかった。ナフサが来ない、だった。
石油化学工業協会の発表によれば、国内エチレン生産設備の稼働率は3月に68.6%、4月には67.3%。1996年以降の統計で過去最低を更新した。国内12基のうち半数が減産に追い込まれ、6月のエチレン生産量は28万9,100トンで前年同月比19.1%減。
そして波及したのは、産業界の奥ではなく、生活のど真ん中だった。
食品ラップ。包装フィルム。インクの溶剤。ユニットバスの接着剤。断熱材。Oリング。
「安いが代替が効かない素材」が一点欠けるだけで、ラインは止まる。
なぜここまで脆かったのか。構造を並べると、ぞっとする。
日本のエチレン原料の95%以上がナフサ。米国のシェール由来エタン、欧州のLPG活用に対して、完全な一本足。
そのナフサの調達先は、経済産業省の整理で中東4割・国産4割・その他地域2割。つまり6割が輸入で、しかも輸入分に占める中東比率は2020年の53.1%から2024年には73.6%へ上昇していた。
原油には254日分の国家備蓄がある。ナフサには国家備蓄制度そのものがない。民間在庫は約20日分。
石油会社が輸入する原油は、国が守る。
化学メーカーが輸入するナフサは、誰も守らない。
同じ海峡を通ってくる、同じ中東産の炭化水素なのに、である。
燃料の消費は半分にできた。だが素材の依存は、その裏側でむしろ深まっていた。
これが2026年の日本の現在地だ。
「原油はあるのに、ナフサがない」という不条理
ここで当然、こういう疑問が出る。
ナフサは原油から作るものだ。原油の備蓄が254日分もあるなら、それを精製すればいいのではないか——と。
実際、政府は放出した。2026年4月、国家備蓄石油の追加放出として約580万kL、20日分相当が決定されている。
それでも足りなかった。理由は3つある。
理由1:1バレルから、1割しか取れない
国内には19カ所の製油所がある。原油は加熱炉で約350度まで熱され、蒸留塔で沸点の違いによって分離される。ナフサが出てくるのは30〜180度の範囲。その量は、**原油全体のおよそ10%**にすぎない。
備蓄原油を1万kL放出しても、ナフサになるのは1,000kL程度。そして残りの9割——ガソリン、灯油、軽油、重油——が、同時に湧いて出る。
理由2:製油所は、むしろナフサ収率を下げていた
製油所は慈善事業ではない。売れるものを作る。国内で確実に売れるのはガソリンや軽油などの燃料油であって、ナフサではない。
その結果、燃料油需要を優先した運転調整によって、国産ナフサの収率はむしろ前年比で4〜5%下がっていた。危機の前から、である。
無理にナフサを増産すれば、行き場のない燃料油が大量に余る。国内価格は暴落し、ただでさえ老朽化して精製コストの高い製油所は一気に赤字に転落する。だから長年、「需要に見合った分しか作らない」生産調整が続けられてきた。
理由3:埋めても、同じ品質にはならない
中東以外——米国や南米からの代替調達は進んだ。だが輸入ナフサは海外の製油所で精製された完成品であり、産地によって組成が違う。
中東産は日本のクラッカーに合わせ込まれたバランスを持つ。一方、米国産などは高パラフィン・軽質寄りで、既存設備の最適運転条件からずれる。炉内でのコークス生成が増えたり、副生成物の比率が変わったりする。
量を8割まで埋め戻しても、出てくる基礎化学品の構成比は元に戻らない。
原油はある。備蓄もある。放出もした。
それでもナフサは足りない。
なぜなら、我々が持っているのは「原油」という混合物であって、「ナフサ」ではないからだ。
そしてここに、この問題の本質が横たわっている。
「連産品のジレンマ」——製油所というシステムの限界
原油は、蒸留すればガソリンも灯油も軽油もナフサも重油もアスファルトも、まとめて出てくる。連産品である。
欲しいものだけを選んで取り出す、ということが原理的にできない。この一点が、備蓄も増産も無力にした。
そして、ここに構造的なねじれが生まれる。
輸送用燃料の需要は、EV化と燃費改善で確実に減っていく。ところがプラスチック、繊維、包装、医療、住宅——化学原料としての需要は減らない。むしろ増える。
需要が減った燃料に合わせて製油所を畳めば、副産物である国産ナフサも一緒に減る。減った分は輸入で埋める。だから中東依存が深まる。
実際、国内の再編は危機の前から進んでいた。
ENEOS:川崎のエチレン設備の一部停止を2027年度末目途で検討
丸善石油化学:3EPを止めて京葉エチレンへ集約
三井化学・三菱ケミカル・旭化成:西日本エチレンのJVで、95.1万トンを45.5万トンへ、約52%削減
これは合理的な経営判断だ。だが「縮小均衡」であって、解決ではない。
小さくなった分だけ、外への依存が濃くなる。 それだけの話である。
世界の答えは「もっと大きく」——COTCという逆張り
では世界はこのジレンマにどう答えているか。
答えは、我々の直感とは逆方向だった。
COTC(Crude-Oil-to-Chemicals)。原油から燃料をほとんど作らず、直接、化学品を取り出す技術である。
従来の製油所が原油を化学品に変換できる割合は5〜20%程度。非統合型のコンビナートなら1割前後にすぎない。COTCが狙うのは、60〜80%。桁が違う。
サウジアラムコがLummus、Chevron Lummus Globalと組んで開発したTC2C™に至っては、常圧蒸留・減圧蒸留の工程そのものを省き、原油をほぼ丸ごと化学品に転換する。燃料製品はほぼゼロ。
100年以上、石油産業の中心にあった「蒸留塔」を、要らないと言い切る技術だ。
2026年に入っても、脱シリカ化したZSM-5触媒による原油→オレフィン変換の研究や、機械学習を使った軽質オレフィン収率の予測最適化など、論文レベルの改良競争は加速している。
そして重要なのは、実際に建っている場所だ。
計画中・稼働中のCOTCプラントは、そのほとんどが中東か中国にある。
中国の石油化学生産能力は2021年の年間約4,000万トンから、2025年には推定6,600万トンへ。アジア市場に構造的な供給過剰をもたらし、日本の稼働率を4年連続で80%割れに追い込んだ張本人でもある。
自国に原油があるか、爆発的な内需があるか。COTCはそのどちらかを持つ者の戦略である。
この勝負に、日本は乗れない
日本の原油自給率は0.5%未満。中東依存度は94.7%。しかもその大半がホルムズ海峡を通る。
仮に日本が数千億円を投じてCOTCプラントを建てたとして、原料は同じ海峡を通ってくる。
効率を上げれば上げるほど、一本の航路への依存は濃くなる。
つまり巨大プラント競争とは、「輸入の効率化」であって「輸入からの脱却」ではない。
2026年に我々が突きつけられた問いは、そこではなかったはずだ。
「どうやって安く輸入するか」ではない。
**「そもそも輸入しなくていい素材の作り方は、あるのか」**である。
出口は「昔に戻る」ではない。「昔の原理を、最新技術で回す」だ
ここで、江戸時代の話をしたい。
江戸の日本は、輸入も輸出もほぼせずに3,000万人を食わせ、着せ、住まわせた。灰は肥料に、糞尿は買い取られ、古着は雑巾になり、最後は燃料になった。
資源が足りなかったからではない。外から持ってこられない前提で設計された社会だったからだ。
これを「遅れている」と呼ぶのは、近代という物差しの上でだけ正しい。
そして今、その物差しのほうが揺らいでいる。
足元の資源でエネルギーと素材を回す。そのための技術的アプローチが、すでに3つある。
1. 地上の生態系 × バイオテクノロジー
地下の化石燃料ではなく、地上の光合成から取る。微細藻類の培養、植物由来バイオマスからの樹脂・燃料生産。原料は日光と水と二酸化炭素。中東を経由しない。
2. 森林資源 × ナノテクノロジー
セルロースナノファイバー(CNF)に代表される、木材を分子・ナノレベルで加工する道。国土の3分の2が森林でありながら、その多くが使われずに放置されている国が日本である。眠っている原料としては、世界でも屈指の量だ。
3. 江戸の「無駄なし」 × ケミカルリサイクル
ゴミを燃やすのをやめる。都市を油田と見立て、使用済みプラスチックを分子レベルまで分解し、地域の中で永久に回す。原料は、すでに我々の手元にある。
この3つに共通するのは、たった一点。
原料が「足元」にあること。海峡の向こうにないこと。
正直に書いておく。どれも現時点では、コストでもスケールでも既存の石油化学に勝てていない。まだ勝負にすらなっていないものもある。
だがその比較対象が、稼働率67%で、2倍の値段のナフサを買い続けている産業だとしたら。
「割高だから無理」という前提は、いつまで正しいのだろうか。
有機農業の歴史が教えてくれること
最後に、ひとつ補助線を引きたい。
日本における「有機栽培」は、新しい農法の発明ではない。
戦後に持ち込まれた、化学肥料と農薬に偏重した直線的な消費型農業。それに対する危機感から、日本古来の、土と微生物を生かす循環型農業を守り抜くために掲げられた旗印だった。
新しさではなく、取り戻すこと。それが本質だった。
エネルギーと素材の話も、まったく同じ構造をしている。
「大量採掘・大量消費」という近代化の強制から抜け出し、昔の当たり前だった地産地消と循環を、最新のテクノロジーを駆使して取り戻す。
後退ではない。むしろ、最も新しい前進である。
2026年、我々は海峡ひとつで日用品の値段が上がる国であることを知った。
燃料からは、半分自由になれた。
次は、素材だ。
輸入からも、輸出からも解放される社会。それは鎖国でも懐古趣味でもなく、この国が選べる最後の自立の形ではないだろうか。
主なデータ出典
原油消費量推移:資源エネルギー庁「エネルギー動向」、経済産業省 石油統計
自家用乗用車保有台数:一般財団法人 自動車検査登録情報協会(2025年3月末現在)
エチレン稼働率・生産量:石油化学工業協会 月次実績
ナフサ調達構成・中東依存度・在庫:経済産業省 資料、中東調査会、報道各社
製油所数・ナフサ収率:日本経済新聞データ特集、業界各社公表資料
国家備蓄放出:経済産業省プレスリリース(2026年4月)
COTC技術:Saudi Aramco / Lummus Technology(TC2C™)、業界技術レビュー各誌
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