保育園の不登校
去年の夏、軽度知的障害の息子が不登校になりました。
それまでも、「行かない」「行きたくない」と言うことはありましたが、その日のタイキの様子はいつもと様子が違いました。
それまではグズるような泣き方で、
もっとテレビみたい、遊びたい、という事を言いながらも渋々玄関に向かい、
靴を履いたら自分で、よしっ行こうか〜と言いながら園へ向かっていました。
その日はいつもより強く行き渋っていたものの何とか保育園の前まで来ましたが、
自転車のチャイルドシートから降りたがらず、
泣き方がしくしく、静かに嗚咽するといった様子で、初めての状態に私もとまどってしまいました。
行きたくない。お願い、お家帰りたい…と泣きながら訴えてる様子を見て、
これはまずい、深刻な状態かもしれないと思いました。
会社にはお休みする旨を連絡(すでに遅刻の連絡はしていました)、このまま家に帰りました。
ここまで嫌がるきっかけは何だろう?と数日前からのことを思い出すと、1つ思いあたったことがありました。
2日前の自由時間の時に、
お友達からブロックで「おもちゃを作っててね」とお願いされたけれど、
タイキはその言葉の意味が分かっておらず、
教室の中を歩き回っていて、
お友達から何で作ってないんだ、と腕を掴まれたことがありました。
そのやりとりを先生は見ておらず、
タイキが腕を掴まれて痛かったと伝えて先生が2人から事情をきくと上記の様ないきさつだったようです。
腕を掴まれたことがずっと気にしていて、
帰りや寝る前も、
ここ(腕)をえいってされたの、と訴えていて、強く印象に残ったようでした。
タイキは5歳の今も言葉の発達が遅くて、相手の話しを理解することに時間がかかります。
また滑舌も未熟なため、何て言っているか分かりにくくもあります。
私でさえ聞き取れないこともよくあるので、
先生から聞いた事情もどこまでタイキ自身が理解していたか分からないのです。
この日を境に保育園に行くのが難しくなってきました。
私もパートの仕事(9〜17時勤務)をしていたのでほぼ毎日、遅刻か欠勤の連絡を会社にしていました。
会社に着いたら皆んなに謝る毎日がメンタル的にもしんどかったです。
定時に出勤するために朝からイライラしてしまい、泣いてるタイキを無理くり園に行かせたこともありました。
そんな日々が3週間ほど続いて、
私もいよいよ辛くなってしまい、会社に事情を話してお休みさせてもらうことにしました。
事情が休職理由には当たらないため、欠勤扱いとなりました。
園にもタイキの状況を話し、
しばらくお休みします。行ける時には連絡します、と伝えました。
保育園には行かないものの、
タイキ本人は元気で、療育教室へは問題なく通っていてました。
通っている療育教室の先生に不登校のことを話すと、
保育園に行けない日は当日でもいいから連絡くれれば、空きがある日なら受け入れますよ、
と言って下さり、
保育園に行けなかった日は療育教室で集団活動に参加していました。
療育教室へは楽しく過ごしている姿をみて、
思い切って保育園をやめて、療育教室だけにした方がいいのか?と考えたり、
定型発達の子達の中での活動は、タイキにとって辛いものなら療育園への転園も考え、見学にも行きました。
療育園にいる子達は、発語がなかったり足が不自由だったりと障害も様々。
私の園の印象は、園の雰囲気がとても穏やかで、みんな楽しそうに過ごしているなぁ、ということでした。
見学に一緒に連れてきたタイキも、すぐにお庭で走り回ったり、同い年くらいのお友達を気になるそぶりも見えました。
けれど療育園は預かり時間が短く、通う場合は私は仕事を辞めないといけない。
保育園も退園したら他も含めて再度の転園は難しい、本当にいいのか…。
夫と1週間ほど考え、
タイキが楽しく過ごせて、笑える環境が1番だという結論を出しました。
療育園に申し込み希望の連絡をして、契約の日取りを決めた2日後のことでした。
その日、近くのコンビニまでお散歩もかねて歩いた帰りに、目の前の小学校からピアノの音と歌い声が聞こえてきました。
クラスで合唱の練習かな?と思っていると、立ち止まって聴いていたタイキが突然くるっと家と反対方向に歩き出しました。
保育園に行く。
そう言ってずんずん歩いていきます。
訳が分からないまま、園にこれから行きますと電話して向かいました。
園に着くとクラスのみんなは丁度、公園にお散歩に行くところだったので、私とタイキも一緒に行かせてもらいました。
公園では久しぶりに来たタイキが珍しいという感じで、沢山のお友達が集まって、
タイちゃん、○○で遊ぼう!、
一緒に鬼ごっこしよう!、と色んな遊びに誘われていて、タイキは照れくさそうにしながら嬉しそうでした。
何で保育園に行こうと思ったの?
帰りに聞いてみました。
お歌が歌いたいと思って、だから保育園に行こうと思ったの。
と、教えてくれました。
それ以来、保育園に行く日が増え、その時の本人の状態を見ながら先生とも相談しながら滞在時間を増やしていきました。
振り返れば完全に不登校だったのは1ヶ月ほどでしたが、その当時はどうなるか分からず不安な毎日でした。
この投稿がお役に立つものなのか分かりませんが、1つのケースとして参考になれば幸いです。
