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いのちのねぶた —青森の魂を呼び覚ます風—

第二話:震える肩と、無言の畳

フミお祖母ちゃんは、遠い海を見つめるような目で、ゆっくりと言葉を紡ぎ続けた。

蓮は病室のベッドの脇で、手渡された一本の木切れを、ただ無言で握りしめている。

その乾いたブナの木肌が指先に食い込むたび、スマートフォンのガラス画面で感じていた「何でもお手軽にできる」という錯覚が、じわじわと剥ぎ取られていく。

「……あの日、海から生還した大吾お父ちゃんを家で迎えたときね、私、お父ちゃんの背中を見て、本当に怖くなったんだよ」

フミの掠れた声は、消毒液の匂いが満ちる病室の空気を、一瞬にして1954年のあの湿った秋の空気に塗り替えた。

嵐が去った青森港は、死んだように静まり返っていた。

家々の屋根は剥がれ、道路には黒い泥水と瓦礫が散乱し、街全体が海のヘドロの匂いに包まれていた。

何より恐ろしかったのは、街から「音」が完全に消えてしまったことだった。

奇跡的に助かり、泥と塩にまみれた姿で家に戻ってきた父の大吾は、居間の畳の上にただ、じっと座り込んでいた。

その広い、頼もしかったはずの背中は、幽霊のように小さく縮んで、微かに、しかし絶え間なく震えていた。

父は、自分が助かった青函連絡船で、目の前で海に呑まれていった自分の父親――茂作を救えなかった。

「お父ちゃん、少しだけでも、お粥食べねばまいねえよ……」

当時18歳だったフミが、震える手でお粥の器を差し出しても、大吾はピクリとも動かなかった。

ただ、真っ黒に汚れた手で、泥の染み込んだ畳をじっと見つめているだけだった。

その沈黙は、ただの静けさではなかった。

生き残ってしまったことへの罪悪感と、あの嵐の夜、船を真っ二つに引き裂いた大波の恐怖が、父親の身体を内側から食い荒らしているようだった。

街を歩けば、誰もが下を向き、幽霊のように肩を落として歩いていた。

青森中が、底の知れない暗い海に、ずるずると引っ張られていくような冷たい停滞。

誰も喋らない。誰も笑わない。

街の灯りは消え、人々の心もまた、完全に凍りついていた。

「このままじゃ、みんな海に引っ張られてまう」

居間の隅で、11歳の弟、新(あらた)が、静かに、しかし冷徹にそう呟いた。

新は、瓦礫の中から拾ってきたブナの木切れを、錆びたナイフで削り終えたところだった。

新は、かじかんだ自分の両手を見つめた。

冷たい潮風に白くなった小さな指。だが、親指と人差し指を強く擦り合わせると、ざらざらとした皮膚の摩擦が、確かにそこに血が通っていることを教えてくれた。

「俺の手は、まだ動く。お父ちゃんの手も、死んでねえ。……だけど、みんな心が死んじまってる」

新は立ち上がり、削りたての不格好な叩き棒を、ぎゅっと両手で握りしめた。

その小さな瞳には、絶望に負けることを拒絶する、鋭い怒りの炎が宿っていた。

「大人だちが下ばっか向いてるなら、俺だちが前向かせてやる。お父ちゃんの目を、覚まさせてやる。……ねぶた、やるべ!」

フミは、驚いて弟を見つめた。

「何言ってるの、新! こんなときに、お祭りの話なんて……」

不謹慎だ、と怒る気力さえ湧かなかった。

だけど、新の目は真剣だった。

お祭りを楽しみたいという無邪気な子供の遊びではない。

凍りついたこの街の沈黙を、自らの手で叩き潰し、生きていることを証明するための、命がけの戦い。

新が握りしめる木切れから、蓮の指先へと、その熱い「覚悟」が、時代を超えて伝わっていくようだった。


📖第3話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/n6c82b5a1110b
📖第1話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/nee960cc1cda9
🌐英語版:https://note.com/ttukumoo/n/n06063304e9e7

最後までお読みいただき、ありがとうございます。💗

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