雪血と白湯
第4話:凍える帝都の邂逅
1936年2月19日。選挙戦の最終日。
冷たい木枯らしが吹き荒れる駅前広場で、無産政党の街頭演説が行われていた。「労働者の権利を! 飢えた農村の救済を!」と叫ぶ候補者の声に、群衆が沸き立とうとした瞬間、特高警察の「弁士中止!」の怒号が響いた。候補者は壇上から引きずり下ろされ、人々は警官隊の警棒によって蹴散らされた。言葉は力によって圧殺された。
その日の深夜。帝都には数十年ぶりと言われる大雪が降り始めていた。
浩次と雪乃は、ちぎられたビラの残骸を拾い集め、失意の中で薄暗い大通りを歩いていた。街灯の下、しんしんと降る雪の中に、一人の軍人が立っていた。 軍服に身を包み、鋭い眼光を放つ男 — 野津慎太郎だった。慎太郎は、決起のための潜伏先へ向かう途中で、偶然、浩次たちの姿を見とめたのだった。
「無駄なことを」慎太郎が、冷ややかに声をかけた。
浩次は足を止め、慎太郎を見据えた。「何だと?」
「お前たちのやっていることだ」慎太郎は、浩次が抱える引き裂かれたビラの束を顎で示した。「今日の演説を見た。特高の犬どもに簡単に捻り潰される程度の言葉で、この国が変わると思っているのか。たった十数人の議席が、明日の小作民のパンになると思うか?」
「変わるさ」浩次は、慎太郎に向かって一歩踏み出した。「俺たちは泥水をすすりながら、一人ひとりと対話してきた。力で黙らせる奴らに対して、言葉で繋がり合ってきたんだ。明日、選挙の結果が出れば、俺たちの言葉が確かに国を動かす一歩になる!」
慎太郎は冷たく鼻で笑った。 「遅すぎる。今日、飢えて死に、身売りされていく命は、お前たちのその『遅効薬のような言葉』を待ってはくれないのだ。富を独占し、民を見殺しにする肥え太った豚どもは、この手で今すぐ一掃せねばならん。力による迅速な一掃、それだけが今すぐ民を救う唯一の正義だ」
「暴力で人をねじ伏せて作った世界に、本当の救いなんてあるものか!」浩次は叫んだ。「力による改革は、いつか必ず、それを上回る別の暴力を生み出す! 誰かを排除して作られた正義は、結局、一番弱い人間を真っ先に押しつぶすんだ!」
「甘いな、理想主義者め」慎太郎はマントを翻し、暗闇へと歩き出した。 「お前たちが言葉という名の夢を見ている間に、俺たちは血を流して現実を変える。明日、歴史がどちらを選択するか、見るがいい」
雪の降る夜の闇の中に、慎太郎の軍靴の足音だけが冷たく響き、そして消えていった。
📖第5話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/n8f1bc4eeb619
📖第3話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/n6572ba14e9d6
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