利府街道の鬼火サーカス
第一話:『スマホの画面と、ピカピカの警笛』
畳の上に寝転び、歩(あゆむ)はスマートフォンの画面をぼんやりと眺めていた。
妖怪小説のコンテストに応募したいのだが、肝心のアイデアがまったく思い浮かばない。
「うーん、全然ダメだ。いっそ、あの人気ファンタジー漫画の設定をそのままパクっちゃおうかな……」
指先は、摩擦のない冷たいガラスの上を滑り落ちていく。 いくらスクロールしても、そこには温もりも手応えもなかった。
「おいおい、そんなところで泥棒の相談か?」
からかうような、しかし張りのある声が、障子の向こうから響いた。
現れたのは、今年で卒寿(90歳)を迎えた祖父の十九(じゅく)だった。 背筋をすっと伸ばし、いたずらっぽく笑うその目は、九十歳とは思えないほど澄んでいる。
「おじいちゃん。違うよ、ちょっと設定を参考にしようかと思って」
歩は慌ててスマホをポケットに放り込み、苦笑いした。 十九は歩の机に近づくと、その手のひらから何かをそっと畳の上に置いた。
金属特有の、ずっしりとした重い音が響く。 それは、ピカピカに磨き上げられた真鍮製のホイッスル――警察の警笛だった。
「歩、小説のネタがないなら、これに触ってみなさい」
歩が恐る恐る手を伸ばし、その冷たい真鍮に指先を触れる。 スマホのガラスとは違う、ざらりとした金属の確かな質感と、指の熱を奪っていく圧倒的な冷たさが伝わってきた。
「それはな、私が二十歳で新米警官だった頃、お化けキツネの鬼火に向けて吹いた笛だ」
祖父は畳の上に腰を下ろし、まるで見慣れた古い映画を巻き戻すように、静かに語りだした。
「新十郎狐(しんじゅうろうぎつね)の『鬼火』というのはな、見る人間の心を映し出す鏡のような光なんだよ。心の綺麗な者には温かい道標に見え、欲の深い者には、その欲を満たす都合のいい幻に見える。だから人によって見え方が全く違ったんだ」
「欲深かった署長にはね、夜空にふわふわと浮かぶ『金貨の山』と『特等米の米俵』に見えたのさ。検問の夜、署長は目を血走らせてそれを追いかけた」
「『あそこにヤミ米の山があるぞ! 勲章は俺のものだ!』と叫んでな、霧の中を闇雲に走っていった署長がどうなったと思う? ああ、田んぼの肥溜めに頭から真っ逆さまに突っ込んで、泥だらけになってバタバタしていたよ。自業自得さ」
歩は思わず吹き出してしまった。 漫画の設定をパクろうとしていた退屈な気分は、すっかり吹き飛んでいた。
「あはは! それ、本当に警察の署長なの? おもしろすぎるよ!」
「本当さ。だがな、同じ光が、新米だった私には全く違うものに見えたんだ」
おじいちゃんの声が、少しだけ真剣な響きを帯びる。
「私の目にはね、冷たい霧の奥で、いたずらっぽく片目をウインクする、巨大な黄金の狐の瞳に見えた。新十郎狐だ」
歩の胸が高鳴る。 おじいちゃんの言葉を通じて、頭の中に不思議な白狐の姿が、鮮やかに形を結び始めていた。
「新十郎は私を試すように、その『優しい光』を、親友の伝次(でんじ)が走るトラックの行く手に灯したんだ。私にどちらの道を選ぶか、問いかけるようにな。さあ、新米の私が、友情と仕事の間でどうやってあのいばり署長を出し抜いたか。本当の冒険の話は、ここからだぞ」
📖 第2話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/na41a0963ec5e
🌐 英語版 :https://note.com/ttukumoo/n/n87e4b5fb501e
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