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TAICHI-KIKAKU・アプライドドラマ「帰還」


 私は、2025年12月13日夜にTAICHI-KIKAKUによるアプライドドラマ「帰還」を新宿にあるプーク人形劇場にてみてきました。
 この感想を記す前に、モリムラルミコさん(TAICHI-KIKAKU・理事)著の「千年おかみの哲学」(致知出版社)の一節を引用します。
 第106頁~第107頁より引用(この前の文章略)『現代社会では、あらゆるものが早急に答えを出そうとします。正解、不正解、勝ち組、負け組、敵、味方、のように早くどちらかに決めて悩み続けることやあいまいな不安定さから脱兎のごとく抜け出そうとします。1795年イギリスに生まれ25歳でこの世を去った詩人のジョン・キーツが、22歳の時弟に宛てた手紙の中で、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を始めて記し<短期に事実や理由を求める事なく、不確かさや不可解なことや疑惑ある状態の中に人が留まり続けたことができた先にだけ見いだされるものがある>。それは「ネガティブ・ケイパビリティ」=「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」に引きだされるものだと書いています。(後略)』

「NPO法人祈りの芸術TAICHI-KIKAKU」によるアプライドドラマ「帰還」★
原作:ガッサーン・カナファーニー プレテキスト:アレン・オーエンズ& ハル・アル・ヤマニ 翻訳・翻案:オーハシヨウスケ 出演: オーハシヨウスケ 小沼詩恵 映像・音響:田淵英生>  
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<原作者ガッサーン・カナファーニーについて>(出典:グーグル ジェミニ)
★パレスチナの現代文学を語る上で、ガッサーン・カナファーニー(Ghassan Kanafani, 1936-1972)は最も重要かつ象徴的な人物の一人です。
小説家、ジャーナリスト、そして政治活動家として、短い生涯の中でパレスチナ難民の苦悩やアイデンティティを鮮烈に描き、「抵抗文学」というジャンルを確立しました。
彼について、その生涯、主要な作品、そして思想的背景に分けて詳しく解説します。
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1. 生涯と背景:難民としての原体験
• アッカーでの誕生とナクバ: 1936年、パレスチナ北部のアッカー(現イスラエル領アッコ)に生まれました。弁護士の家庭で育ちましたが、12歳の時(1948年)にイスラエル建国に伴う「ナクバ(大惨事)」に遭遇し、家族と共にレバノン、その後シリアへの亡命を余儀なくされました。この「故郷を追われる」という原体験が、彼の全作品の根底にあります。
• 教育と活動: ダマスカス大学でアラビア文学を学びながら、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の教員として働きました。その後、クウェートでの教師生活を経て、ベイルートへ移住しジャーナリズムの世界に入ります。
• PFLP(パレスチナ解放人民戦線): 彼はペンを武器として闘うことを選び、PFLPのスポークスマンを務め、機関誌『アル・ハダフ(目標)』の編集長としてパレスチナの大義を世界に訴え続けました。
2. 主要作品とテーマ
カナファーニーの文学は、単なる政治的なスローガンではなく、極限状態における人間の心理や尊厳を深く掘り下げている点で、世界的に高く評価されています。
『太陽の男たち』 (1963年)
彼の代表作であり、中東文学の傑作です。
• あらすじ: 世代の違う3人のパレスチナ難民が、仕事を求めてイラクからクウェートへ密入国を試みる物語です。彼らは灼熱の砂漠を越えるため、給水車のタンクの中に隠れます。
• 結末とメッセージ: 彼らは国境での手続きが長引く中、タンクの中で声を上げることもなく、暑さと窒息で静かに死んでいきます。
• 問いかけ: 物語の最後で投げかけられる「なぜ、彼らはタンクの壁を叩かなかったんだ?」という問いは、沈黙して死を待つのではなく、声を上げ、抵抗することの重要性をパレスチナ人、そして世界中の読者に突きつけました。
『ハイファに戻って』 (1969年)
• あらすじ: 1948年の混乱で赤ん坊を置き去りにせざるを得なかった夫婦が、1967年の第三次中東戦争後、かつての我が家(ハイファ)を訪ねる物語です。
• 衝撃的な展開: 彼らが見つけたのは、その家に住むユダヤ人の老婆と、彼女によって育てられ、イスラエル軍兵士となった実の息子でした。
• テーマ: 「血のつながり」と「育ち」の対比を通じ、人間にとって「祖国」とは何か、「人間であること」とは何かを鋭く問いかけています。
3. 暗殺とレガシー
• 悲劇的な最期: 1972年7月8日、ベイルートにて、彼の車に仕掛けられた爆弾により暗殺されました。享年36歳でした。この爆発で、彼が深く愛していた姪のラミース(当時17歳)も共に命を落としました。一般的に、イスラエルの対外特務機関モサドによる犯行とされています。
• 「抵抗文学」の象徴: 彼の死後も、その作品は世界各国で翻訳され続けています。彼はパレスチナ問題だけでなく、「抑圧された人々がいかにして尊厳を取り戻すか」という普遍的なテーマを描いた作家として、今なお多くの人々に読み継がれています
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★アプライドドラマ「帰還」舞台公演の感想 ★

 このドラマはガッサーン・カナファーニーの「ハイファに戻って」より、アレン・オーエンズ氏& ハル・アル・ヤマニ氏がプレ・テキストをつくり、オーハシヨースケさんが翻訳・翻案をつくったアプライドドラマ「帰還」です。アプライドドラマというのは、私は初めてみました。TAICHI-KIKAKUのリーダーであるオーハシヨースケさんによる芝居前挨拶では「私はプラクティショナー兼役者兼ファシリティター兼ナーレーションです。アプライドドラマというのは、演劇教育のひとつとしてつかわれています」(ストリーリーティイング(お話)という伝統的な上演形態によります:アレン・オーエンズ氏のメッセージより)とのこと。私がみた感じでは、演劇ワークショップと理解していいのだろう、と思いました。舞台の進行中、役者でありファシリテイターであるオーハシヨースケさんが場面ごとで、「みなさん今の場面をどう感じましたか。となり同士で話し合って、感想を発表してくさい」となります。こういう手法を使って、ただ役者が演じるのを観客がみるのではなく、場面ごとに観客が感想および思いつきでもなんでもいいのでマイクをまわされ発表となり、オーハシヨースケさんさが、それをファシリテイトしていき、「さあ次の場面にうつりましょう」と、今度はオーハシヨースケさんが男性役、女性役(小沼詩恵さん)との二人芝居が始まり、ある場面がおわると、また、観客の感想、おもいつきを発表する、という流れになっていました。今回の全部がおわったあと、各自の発表のあとオーハシヨースケさん『それでは、登場人物サイードさん、ソフィアさん、ハルドンさん、タブさん達に、皆さんが疑問に思ったことを、それぞれの、「ソフィアさん、あなたはこの時なにを考えていましたか」とか、皆さんにふりますので、お願いします』という時間もあった。最後に、舞台背景がベツレヘムに住む(ヨルダン川西岸パレスチナ自治区、ベツレヘム)二人のご夫婦が映しだされる。ただ、ズームなどを使い舞台中央に映したと思いますが、このお二人の名前を、ファシリティターが説明しないので、私は困りました(このご夫婦が誰かがわからず、プレ・テキストをつくったイギリスのお方とつながっているのか、ヨルダン川西岸地区につながっているのかなあ、とか判明しないのでこまりました。今回の女性役をつとめた小沼詩恵さんが私のそばで、小声でベツレヘムとつながっていると教えていただきました)。なぜ、説明しなかったのかは、ヨルダン川西岸地区とプーク人形劇場を生中継でつなぐ難しい技術や、舞台撤収時間がせまっていたので、説明ができなかったと推測します。後に、ヨルダン川西岸、ベツレヘムにお住いのハル・アル・ヤマニ博士、ご夫婦とわかりました。ベツレヘムとこの会場がつながったことに驚く。「本当は通訳や同時通訳をいれなければ、みなさんは、なにを私(オーハシヨースケ)や英語堪能なジャーナリストさんが質問したのかは不明でしょう」「後日早急に、TAICHI-KIKAKUのホームページに日本語訳つきでのせます」とのことでした。
 原作者のガッサーン・カナファーニーさんのことは、詳しくお伝えしたので、このページにストリーの概要などは、私の文章力の限界をこえていますので載せません(すいません)。イスラエルとパレスチナのことを、政治的にとらえるのではなく、そこに実際に存在する自分として参加するアプライドドラマ「帰還」は、深く印象にのこりました。

TAICHーKIKAKU
https://taichi-kikaku.tokyo/