カメラ沼
カメラ沼と言われるものがある。カメラの機種やレンズに向けての欲求が膨らみ、その沼からなかなか抜け出せなくなる。
私も最近、その沼に襲われている。
トリガーになるのは大半がnoteでフォローしている方の息を飲むような1枚のモノクロ画像に触れたときだ。
インスタ映えするようなビビットな見て見てと迫ってくるような画像には引いてしまうが主張せず静かに置かれている1枚のモノクロ写真には息を飲むことが多々あり、私もこのような写真を撮りたいと感じる。
圧倒的な美しさを感じることは生命的であるのだが、そこに願望、妄想がまとわりつくとエネルギーを奪われていく。この機種を手に入れれば、これに近い画像が撮れるのではというのは安易で妄想に近い。
私のオールドコンデジという撮りたいものが撮れないという制限があることで俳句と同じように生まれるものがあるという姿勢でいるが、その姿勢に魔のような沼が忍び寄ってくる。
この背景としてこの愛機を使いはじめて既に3年が経過し、撮り方がパターン化してきたということもある。反面、私も身体と愛機もだいぶ馴染んできてはいるが、この機種はプロ好みで、まだまだ機能は十分に使いこなせていないのが現実である。
100枚以上撮影しても残せる写真は数枚という現実の力量をただ見つめていく必要もある。
私は太陽牡牛座で地のエレメントで安定性を好む反面、アセンダント水瓶座で、驚きと変化を求める。
私の内側に蠢く意識エネルギーの指向性を把握し、新しい撮り方、今までしていなかったRaw現像も試みていく中で変化の風を取り入こうと思う。

ジオラマの列車走りて夏来る
