星降る庭、愛の音
noteでフォローさせていただいているMASAEさんもキンドルで初出版された。
昨年のnoteでもキンドルで出版を予定していると語られていたが、そのエッセイ集の完成度の高さに驚きながらMASAEさんの星降る庭での物語にぐいぐいと引き込まれていった。
「星降る庭、愛の音」というタイトルは、西洋占星術での惑星エネルギーが日常に降りてくるイメージがあり、また表紙のアクリル画からも彼女の丁寧なイギリスでの暮らしが伝わってくる。
そして各章にはその章と響き合う物語性を感じさせる写真が置かれており、エッセイの余韻がしっかりと味わえる。
エッセイの日常を語られる文章がとても詩的で、文章を通して人との出会い、植物や森の情景が浮かんでくる。
MASAEさんの表現を味わう中、私は写真家である星野道夫氏の文章が浮かんできた。
写真も絵もされるMASAEさんは、文章を表現される際もその情景のイメージを描きながら言葉を紡がれていくのではないだろうか。
俳句においても短い言葉で読み手に情景を伝えるということも大切な要素の1つでもあり、エッセイという散文を通してこのような情景を伝えられる表現に驚きながら読ませていただいた。
そしてMASAEさんのエッセイには、異国での子育てや親との関わり、そして自分自身の感情と向き合う中、育んでこられた生き抜く知恵が美しい言葉で
語られている。
特に私は「人間関係の痛みと成長」という章の以下の内容が私の過去と重なりとても響くものがあった。
その傷は、相手が私たちを傷つけたのではなく、私たちの内にあった未解決の痛みが浮上したにすぎない。「相手の言動により、自分の中の傷が浮上する」というのがこの世の仕組みであるということ。
つまり、人間関係とは必ず自分の内にある罪や傷が出てくるようになっているということ。それは、人間関係が悪いのではなく人間のみに与えられた特性によって痛みを思い出すようになっているということ。
対人という場は、私たちが自分の心に隠れていた傷を見つけ、癒していくための舞台なのだ。人とのかかわりは痛みも伴うが、その中にこそ成長や喜びがあることを覚えておきたい。たとえ傷を負っても、大きな意識で俯瞰して見たときに、そこには愛がいっぱいある。大いなる愛は小さな傷を必ず越える。 「人間関係とは愛である」という観念に書き換えるには、そもそもいっぱい傷つくことを覚悟しなくてはならないということ。傷つくことを恐れず、そこに飛び込む覚悟を持つことが大切だ。
.私は青年時代は対人関係に苦しみ、また支配的な父との関係性を通して職場の上司にも父親の存在を投影させてきた。結果的に自分らしく生きてこれなかったが、その経験を通して内側のシャドウが対人関係に反映されていく関係性を痛みを伴う体験通して学ぶことができた。
さらに西洋占星術との出会いを通して、7室という身近な対人関係の部屋に
月星座と冥王星があり、人生のテーマとなるドラゴンヘッドが天秤座にあるということにつながった。
MASAEさんの美しいエッセイの奥には痛みを伴う体験を通して育んでこられた知恵があり、本書を読んだ人にも普遍的なメッセージとして伝わっていくと感じた。
薫風や星降る庭の白き椅子

