見出し画像

「私家版」 20世紀のオーストラリア・ラウンド記(その50)

4月1日 Wednesday Derby  
 今朝の起床は7:00ごろ。8:00にならないとオフィスが開かないので、エアマットの上で7:00以降も少しくすぶっていた。ほどなく起き出し、アップルジュースを飲みシリアルを食べる。テントを畳んで出発準備を終えたら7:55になってた。

 ブルームには日本人墓地があると知っていたので、オープンしたオフィスで聞くと、この近くだという。車で向かったら、すぐに着いた。そこは草ぼうぼうで墓地らしくなく、眠っている人々に気の毒な気がした。

日本人墓地があったBroomeで泊まったキャラバンパークのレシート

日本人墓地で100ほどの墓碑を見て回る

 100ほどの墓碑を、一つ一つ見て回ったが、だんだん滅入ってきたのは暑さと、生えるにまかされた草のせいだけではない。見たことでどうなる、といった無責任な気持ちが湧いてきたから。日本人の先輩として敬う気持ちはあったけれど。

 そこへ老オージー夫妻がいるのが見えた。近づくと我々が日本人であることを確かめ、墓石の碑文を教えてくれという。いくつかの碑文をボクは通訳した。事実だけなので正確に訳して伝えられたと思う。それだけで彼らはいなくなった。

 遭難者碑という昭和10年の海難事故の犠牲者を祀ったものを見つけた。十数人の名前が出身地とともに記されていて、その中の2人がボクと同じ出身地で、えぇーこんなところで郷里出身者、しかも半世紀前の事故で亡くなった方のことを知るなんて、どんな縁なのだろう、と不思議だった。

 通常の墓碑には紀伊や九州地方出身者の名が多く刻まれ、東京がもっとも北で、それより北の出身者はいなかった。英語圏の国で、日本語、それも墓碑で、同胞の名前に接するとは思ってもみなかった。

 碑文の文字は当用漢字以前の画数で記されていて、タイムスリップしたかのようだった。また、明治末期から大正時代までの死期が多く、20~28歳くらいで死んだ者が多かったようで、今のボクに近い年齢じゃん、と正直、複雑な気持ちにさせられた。
 帰り際、墓地の出口で思わず一礼をした。墓の下の人たちは何と思ったろうか、と妙な気持ちになった。

ケーブル・ビーチを見つつ、日本人の遭難者を思う

 奇妙な感じのまま、ケーブル・ビーチへ車で乗り付けた。青い海と静かな波打ち際を見たコバさんは、海パンに着替えて20分くらい泳いでいたっけ。ボクは貝を拾い、形や色のいいのを吟味し、数個持ち帰った。
 日本人墓地での印象が強く、海を見ながら、ここで亡くなったのか、と静かな海とのギャップが信じられなかった。

 ケーブル・ビーチには、Port Headlandにいたシドニー出身の5人組もいて、軽くあいさつした。その後、ビーチを出て野菜と飲み物を買い、うんざりするような暑さの中をDerbyへ向けて出発したのだ。

ケーブル・ビーチの眺め。はるか先まで湾曲したビーチが続いていた

 ほどなくWillare Bridge Road House で昼食をとろうとしたが、満足できそうな店がない。Derbyまでガマンすることにして¢80のレモンドリンクを飲み、乾きを癒した。

食堂が見つからず、半分のスイカを買ってシェアして食べる

 先を目指して走り、60㎞ほど行くと、Derbyの街中へ入った。Take Awayショップが見つからず、ウールワースまで行く。そこでもTake Awayの店はない。どうするか決めかねているとコバさんが半分にしたスイカを持ってレジへ行って買ってきた。

 スイカを持って外へでた我々は、スイカが大きくクーラーボックスに入らないので、その場でさらに半分にして、ガッついた。久々のスイカは、とても甘く、量もあったので腹いっぱいになった気がした。

 ウールワースの反対側にスタンドがあり、そこにTake Awayショップがあった‼ そこへ入り、チコロールにゆで卵、パックジュースで$2.15の買い物をして外へ出た。

 屋外で昼食をとり、食休みをして14:50ごろに車へ戻って、キャラバンパークを探して先へ進んだ。約2㎞走って、Derbyのキャラバンパークに到着。
 時間が早かったがテントを張り、シャワーを浴びて、くつろいだ。夕食を食べて、早々にテントに入ってエアマットに横になる。疲れていたのか、すぐに寝入った。
  
4月2日 Thursday Halls Creek
 朝は7:00に起き、とっとと支度をして7:05には宿泊地を出たのだ。コバさんの運転でね。スタンドでガソリンを入れ、氷を買ってDerbyの街を離れ、Halls Creek方面へ向かった。

 ここを出てすぐの所で、Boab Treeの 写真を続けて2枚撮った。一カ所では愛車と自分を入れて、コバさんに撮ってもらったよ。後で気づいたのは、Derbyの街にもANZ銀行があったこと。

Boab Treeの前で。Halls Creekへ向かう途中に愛車と

 広げた市街図で知ったのだが、いくらか下ろせばよかったと思うも後の祭りだ。車のスピードを出し過ぎてエンジンが熱くなったからか、すぐにオーバーヒートランプが点いたのには参ったがね。

渓谷を目指して歩き、干上がった川を発見

 コバさんがハンドルを握って走り続け、Fitzroy Crossingまでは1度休んだだけで10:30ごろ到着。ガイドブックで見たら、ここには大きな渓谷(Geikie Gorge National Park)があるようで、それを見に小休止の後、ダート走行覚悟で走っていった。

Geikie Gorge National Parkの渓谷写真を
見て向かったのだが、見つからなかった

 舗装路が終わり、ダートへ入る。思ったほど悪路ではない。小砂利が敷かれたような凹凸の路面を時速80㎞平均で約16㎞の行程をこなした。着くまでにグリッドが3カ所あり、牛がのんびり草を食んでいた。

 もうそろそろ着くかな、と距離計を見てたら、案内版が表われた。Car Parkの矢印に従って進む。すでに車が一台止まっていたが、誰も乗っていない。車を降り、パックのジュースを持って渓谷へ向かって2人で歩くことにした。駐車場からも景色は少し見えたがね。

干上がった川底を歩く。サラサラだった乾いた地面の土

 暑い中、木陰でしのぎながら干上がった川底らしきところまでズンズン歩く。雨季には川になるのだろう。川の両側に木々が生えていて川岸だと分かるが、川に水はない。ただし全くないわけではなく、木の根元があるあたりに水が溜まっているところもあった。

Halls Creekへ行く途中で出合った川。
干上がっていて地面はサラサラの土だった

 川底であろう足元の土は、泥が固まって乾燥したモノらしく、案外サラサラしていた。足跡もあり、10㎝ほど沈んでいる。海の砂以上に細かい粒というか、粒子のようでサラサラしていたのだろう。

 わずかな水溜りに近づこうとしたら、軟らかくなっていたので、それ以上進むのを止めて引き返すことにした。一部の川底はコンクリが敷かれていて、水が流れやすいようにしてあった。

 我々は、コンクリの上を歩いて移動した。車に乗ってFitzroy Crossingまで戻る。ものの5分ほどで着き、昼食を食べることにした。時間はちょうど12:00だったと思う。

止めた車の脇の木陰でアボリジニ女性が眠ってた

 ガソリンスタンド横の食堂へ行く。Eat inは、店内での食事ってことで$1.00余計にかかるので、Take Awayにして車内で昼食とした。冷たいコーヒーミルクにハンバーガーで$3.50だった。

 アボリジニの子供たちが数人いて、それぞれ好きなものを手にとって金を払うのだが、店員は不慣れなのか、会計するのに、てんやわんやで少しパニックだったな。

 止めた車の脇の木陰の根元に、20代ぐらいのアボリジニの女性がゴロリと横になって寝ていて、びっくりした。暑くて木陰に避難した、というより、本当に寝息をたてて寝ていたら。

DerbyからHalls Creekを目指して走った。
地図ではっきり道が示されていて安心して向かえた

 13:00にここを出て走りだす。ガソリンが持つか心配だったので$10分を入れておいた。Halls Creekまでの288㎞を休憩一回で走り抜けた、コバさんの運転でね。これだけ走り切れるのは大したものだと感心した。

放牧の列に遭遇、行く手を阻まれ、脅かすが効果なし

 15:00過ぎだったか、放牧の牛の列が道を渡っているのに遭遇。車を止めて渡り切るのを待つのだが、なかなか路上から動かない牛もいる。おどしてもスカしても動かない。

 そこで、全身を使った大げさな身振りを交えて、牛たちを動かそうとしたのだが、全く効果はない。牛たちにとっては、好奇心の対象だったのか、大きな目でじっとこちらを見ているだけだったのは、恐れ入ったね。

 走行中の景色などをカメラに収め、Halls Creekのキャラバンパークに着いたのが16:40ぐらいだったか。
 夕陽のなかでテントを張り、シャワーを浴びたら陽は沈んでた。本当に早い日の入りだった。暑かった日中に比べ、夕方はいくらか涼しくなり、薄暗い中で食事した。この晩は思いのほか寒くて、シュラフに入ったよ。

いいなと思ったら応援しよう!