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私の哲学ノート|私の楽しいことは、見た目では分からない

「何をしているときが楽しい?」

そう聞かれたら、私は少し考える。

ベリーダンスを踊っているとき。

音楽に合わせて体を動かし、
できなかった動きが
少しずつできるようになる。
そして踊っている私を見れば、
「楽しんでいるんだな」と分かりやすいと思う。

もちろん、私も楽しい。


でも、それと同じくらい楽しい時間がある。

それは、何かを考えている時間だ。

「人はなぜ生き急ぐんだろう」

「本当の自分って、どこにいるんだろう」

「自分らしく生きるって、
どういうことなんだろう」

そんなことを、
寝ても覚めても考えている。

「そんなことばっかり考えてないの?」

そう言われるかもしれない。
実際、自分でもそう思うことがある。

けれど、私はこの時間が楽しい。


外から見れば、
静かにスマホを見ているだけ、
ぼーっとしているだけに見えるだろう。

でも、私の頭の中では
いろんな問いを転がしている。

「これはどういうことだろう?」

「本当にそうかな?」

答えのないことを考え、
ときどき「あ、そういうことかもしれない」と
思える瞬間がある。
その瞬間が、私は好きだ。


ベリーダンスと何かを考えることは、
一見まったく違う。

片方は体を動かし、
もう片方は頭の中を動かす。

それでも、
私にとってはどちらも同じくらい楽しい。

楽しさには、誰が見ても分かる形もあれば、
本人にしか分からない形もある。

私にとって、静かに考える時間はその一つだ。

考えていても
すぐに答えが見つかるわけではない。

それでも、
問いを持ち続けることでしか見えないものがある。

考えることは、
私にとって迷うことではなく、
色々な世界と自分を繋げることのように感じている。

誰かには遠回りに見える時間も、
私にとっては、
私らしくいられる大切な時間だ。


今日も私は、静かに考えている。

外から見れば、
何もしていないように見えるかもしれない。

けれど、その静けさの中で、
私の心は自由に動いている。

見た目では分からないけれど、
そこには確かに、私だけの楽しさがある。

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