症状が現れる意味って?
身体に症状が出たとき、
私たちは無意識にこう思います。
「悪いものが起きた」
「早く元に戻さなきゃ」
「この状態を治さなきゃ!」
この反応は、とても自然です。
不安になるし、困るし、怖くもなります。
でも、臨床の中で多くの身体を見てきて、
私はいつも同じところで立ち止まります。
本当に症状は悪いものなんだろうか。
症状を「敵」として扱うとき、起きていること
症状を敵として見ると、
私たちの意識は「排除」に向かいます。
早く消そうとする
感じないようにする
無理に元気なふりをする
このとき、身体に向けられているのは
聴く姿勢ではなく、抑え込む力です。
するとどうなるか。
一時的に楽になっても、
同じ症状を繰り返したり、
別の場所に不調が移ったりすることがあります。
症状は、突然現れるわけではない
多くの症状は、
ある日いきなり起こったように見えます。
けれど実際には、
小さな違和感
軽い疲れ
見過ごしてきたサイン
そうしたものが、
ずっと前から積み重なっています。
身体はとても辛抱強い。
「まだ大丈夫」
「もう少し頑張れる」
そう思っているあいだ、
身体は黙って支え続けます。
そして、
これ以上は無理!というところで、
ようやく分かりやすい形を取ります。
それが、症状です。
症状は、間違いではない
ここで、ひとつ大切な視点があります。
症状は、
あなたが何かを間違えた結果ではありません。
むしろ、
無理をしてきたこと
気づかないふりをしてきたこと
自分より周りを優先してきたこと
そうした生き方を、
身体なりに引き受けてきた結果だと
私は捉えています。
つまり症状は、
身体がちゃんと働いている証拠でもある。
身体は、限界を「教える」ために症状を使う
言葉で伝えられなかったこと。
感情として感じきれなかったこと。
考える余裕すらなかった本音。
それらを、
身体は「症状」という形で表現します。
それは罰でも警告でもなく、
方向修正の合図のようなものです。
立ち止まってほしい。
今の在り方を見直してほしい。
もう少し、自分を大事にしてほしい。
そういう願いが、
そこに込められていることがあります。
症状を見るとき、問いは一つでいい
「なぜ治らないのか」
「どうすれば消えるのか」
その問いを、
いったん横に置いてみてください。
代わりに、
こんな問いを向けてみます。
この症状は、何を伝えようとしているだろう
私は、何を後回しにしてきただろう
本当は、どうしたかったのだろう
正解は出なくていい。
答えが分からなくてもいい。
問いを向ける姿勢そのものが、
身体との関係を変えていきます。
身体との関係が変わると、症状の意味が変わる
症状を「消す対象」から
「対話のきっかけ」として見るようになると、
身体への緊張がゆるむ
呼吸が深くなる
症状に振り回されにくくなる
そんな変化が実際に身体の反応として
起こりはじめます。
症状は、
あなたを困らせるためだけに
存在しているわけではありません。
身体はいつも、
あなたの一番近くで、
あなたの状態を教え続けています。
その声を、
どう受け取るか。
そこから、
身体との関係は変わりはじめますよ。
追記:
私の鍼灸の師匠先生がいつも言っていました。
「病気は自分が作り出したものだ。」
って。
昔は分からなかったけど、
今はとてもその意味が分かります。
天国から褒めてくれてるかなあ。。。
