「上手い選手と一緒にやれば、上手くなる」は本当だろうか

「上手い選手と一緒にやれば、上手くなる」は本当だろうか

「もっとレベルの高いところでやった方が、上手くなるんじゃないですか?」

サッカーの指導をしていると、そんな考えを耳にすることがあります。

上手い選手と一緒にプレーする。
上の学年に混ざる。
プレースピードが速く、強度の高い環境に身を置く。

そうすれば自然と、その選手も上手くなっていく。

一見すると、とても正しいように思えます。

僕自身も以前は、ある程度そう考えていました。

でも、毎日のように子どもたちを見ているうちに、一つの疑問が生まれました。

「本当に、レベルの高い環境に入れば、選手は上手くなるのだろうか?」

この疑問が、僕にとって「選手の成長」について改めて考えるきっかけになりました。

同じ練習をしても、同じようには成長しない

指導現場にいると、不思議なことがあります。

同じコーチから指導を受けている。

同じ時間、同じメニューを練習している。

それでも、大きく成長する選手もいれば、なかなか変化が見えない選手もいます。

なぜだろう。

最初は、本人の意識や能力の違いなのだろうと思っていました。

でも、本当にそれだけなのか。

選手の問題ではなく、僕たち指導者が用意している「環境」にも原因があるのではないか。

そう考えるようになりました。

「強度が高い=良い練習」なのか

サッカーにおいて、プレースピードや強度はとても重要です。

当然、試合のレベルが上がれば、判断できる時間は短くなります。

だから、

「もっと速くプレーしろ」
「もっと強度を上げよう」

という要求自体は間違っていないと思います。

ただ、その前に身につけなければならないものがあるのではないか。

例えば、ボールを受ける前に周囲を見る。

相手や味方の位置を認知する。

複数の選択肢からプレーを決める。

そして、それを正確に実行する。

こうした習慣が身についていない選手を、いきなりプレースピードの速い環境に入れたらどうなるでしょう。

見る時間がなくなる。

考える時間がなくなる。

ボールを失わないために、近くの味方へすぐにパスする。

あるいは、周囲を見る前に自分の得意なプレーを選択する。

表面的には「速くプレーしている」。

でも、本当にサッカーを学んでいるのだろうか。

そんな疑問が生まれました。

あえて強度を上げない

それから僕は、練習の見方を少し変えるようになりました。

僕たちのスクールでは、あえて強度が上がりすぎないように、コートの広さや人数、ルールを調整することがあります。

もちろん、強度を軽視しているわけではありません。

むしろ、サッカーにおいて強度は非常に重要な要素だと考えています。

それでも、一時的に強度を抑えてでも獲得しなければならないものがあると思うからです。

「見る」

「考える」

「選ぶ」

「実行する」

まずは、この流れを繰り返す。

正確にプレーする。

見て、判断して、プレーすることを習慣にする。

それが身についてから、少しずつ時間を短くし、スペースを狭くし、相手から受けるプレッシャーを強くしていく。

そう考えると、

「良い練習とは何か?」

という僕の中の基準も変わっていきました。

調べていくと、すでに研究されていた

そんなことを考えながら調べていく中で、

「Representative Learning Design」

「Constraints-Led Approach」

といった考え方に出会いました。

難しい言葉ですが、僕なりに理解すると、とても興味深いものでした。

Representative Learning Designは、実際の試合で必要になる「見る・判断する・プレーする」という流れを、できるだけ練習の中にも残しておくという考え方。

Constraints-Led Approachは、コーチがすべての答えを教えるのではなく、人数、広さ、ルール、時間などの条件を調整することで、選手自身が解決策を探していくように練習を設計する考え方です。

「どうやったら上手く教えられるか」

ではなく、

「どういう環境をつくれば、選手自身が学ぶのか」

僕にとって、この視点の変化は大きなものでした。

「上手い選手とやれば上手くなる」に戻ってみる

ここまで考えて、最初の疑問に戻ります。

「上手い選手と一緒にやれば、上手くなるのか?」

今の僕の答えは、

「そうなることもある。でも、必ずしもそうではない」

です。

大切なのは、その環境のレベルが高いか低いかではなく、

「今のその選手に、何を学習させたいのか」

なのだと思います。

少し余裕のある環境だからこそ、周囲を見ることを覚えられる選手もいる。

自分で判断できる時間があるからこそ、新しい選択肢を試せる選手もいる。

反対に、ある程度の習慣が身についている選手には、より時間とスペースのない環境が必要になるかもしれない。

上の学年に入れることも、強い相手と試合をすることも、それ自体が目的ではありません。

その経験によって「何を学べるのか」が重要なのだと思います。

選手ではなく、自分の見方を疑う

この疑問について考えるようになって、もう一つ変わったことがあります。

選手を見るときの自分自身の考え方です。

「判断が遅い選手」

「意識が低い選手」

「伸びない選手」

そうやって選手を分類してしまえば、考えることは簡単です。

でも、

「なぜ、この局面では判断に時間がかかったのだろう」

と考えると、見えるものが変わります。

そもそも情報を見つけられていなかったのか。

見えていたけれど、選択肢を知らなかったのか。

技術的に実行できなかったのか。

それとも、僕が設定した練習環境が、その選手に合っていなかったのか。

一つ疑問を持つと、その先にまた疑問が出てきます。

答えが出ないから、学び続けられる

サッカーの指導をしていると、正解が欲しくなります。

この練習が正しい。

この指導方法が正しい。

こういう選手が伸びる。

そう言い切ることができれば、きっと楽です。

でも、目の前にいる子どもたちは、一人ひとり違います。

昨日うまくいった方法が、今日もうまくいくとは限りません。

だから最近は、

「自分の見方は間違っているのかもしれない」

という余白を持つことを大切にしています。

疑問を持つ。

調べる。

試してみる。

目の前の選手を観察する。

うまくいかなければ、また考える。

そして、また新しい疑問が生まれる。

考えてみれば、僕がサッカーについて学び続けている理由は、「答えを知っているから」ではありません。

わからないことが、次々と出てくるからです。

「なぜ、この選手は伸びたのだろう」

「なぜ、この練習ではうまくいかなかったのだろう」

「もっと良い方法はないのだろうか」

指導を始めた頃は、疑問とは「答えを出して消していくもの」だと思っていました。

今は少し違います。

一つの疑問を追いかけていくと、その先に新しい世界が見えてくる。

そして、また次の疑問が生まれる。

もしかすると学ぶということは、

「答えをたくさん知ること」ではなく、

「昨日まで気づかなかった疑問に気づけるようになること」

なのかもしれません。

#疑問が学びに変わるとき

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