齊藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』
9年にわたる母娘の葛藤と教育虐待の果て
齊藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』は、2018年に滋賀県で起きた、娘による母殺しを扱った本である。医学部進学のために9年もの浪人を強いられ、ついに耐えきれず凶行に至った——というのが一般的な理解であろう、有名な事件だ。
しかし本書を読むと、意外にも、母殺害の直接的な引き金はそこではなかったことが見えてくる(もちろん重大な背景ではある)。実際の経緯は、世間に知られている以上に複雑で起伏に富んでいる。
彼女が医学を志したきっかけは、子どもの頃に手塚治虫の『ブラックジャック』を読んだことであり、母から強制されたものではなく「自発的な選択」だった。それがやがて母娘にとって揺るがぬ共通目標へと変質していく。
訪れた仮初めの安定
医学部合格を目指す過程で、母による過剰な監視のもと、彼女は過酷な9年間を過ごしたが結果は不合格。ここに至り、一般的な理解からすると意外なことに、母は看護科への進学を容認したのである。
とはいえ、それは助産師(看護師より上位の資格とされる)を目指すことを条件とするものだった。
彼女は看護科に首席で合格し、家庭には仮初めの安定が訪れる。しかし在学中、助産師コースへの進級がかなわず、母は厳しく叱責。それでも彼女は4年間通い、看護師国家資格を取得し、就職も決まり、自身としては「看護師で十分」だった。
執着、未だやまず
だが母はその意思を一切顧みず、これを「約束違反」と受け止め、あくまで助産師への進路に固執する。やむなく助産師学校を受験するも不合格となり、母から徹夜で罵倒される。母は看護師としての就職をどうしても認めない。
すでに彼女の精神は限界に達し、もはや監視下で受験勉強を続けることは不可能だった。そんな中、母にスマホを壊される出来事が決定打となり、完全に心が崩壊する。そして彼女は母を殺害するに至った。「どちらかが死ななければ終わらなかった」と彼女は語っている。
一審では遺体遺棄などは認めたが、殺害については最後まで否認した。自分の人生を取り戻すために踏み切ったことなのに、長期収監されるわけにはいかないという思いから、「母は自ら命を絶った」と主張する。
彼女の人間性を回復させたもの
一審判決はその主張を退け、殺人罪・死体損壊罪・死体遺棄罪をすべて認定し、懲役10年の実刑判決を言い渡した。しかし彼女はその判決文に心を動かされる。
自分が虚偽の主張をしているにもかかわらず、判決は自分の置かれた状況を理解しようとする内容であり、「自分にも理解者がいる」と初めて感じることができた。それまで軽視していた父からは、「家族だから支える」と言われ、父への認識も改めた。
判決後、彼女は母の殺害を認める陳述書を提出し、二審で真実を語った。
雑居房での生活では、他の受刑者の中に、日常の基本的な課題にさえ支援を要する人がいる現実(宮口幸治 『ケーキの切れない非行少年たち』に詳しい)を目の当たりにする。その中で自分は看守に評価される経験を得て、徐々に自尊感情を回復していく。
さらに、子を持ちながら罪を犯した母親たちと接することで新たな視点を得て、母に対する申し訳なさも芽生えていく。杉本弁護士とのやり取り(pp.263-274)は、涙なしには読めない。読者はここで彼女自身の「解放」を追体験することになるだろう。
自由があるうちにこそ
司法の場や刑務所など、自由のない場所に来て、かえって自分自身を取り戻していくのは皮肉な話である。京都アニメーション事件の犯人や、昔の永山則夫もそうかもしれない。回復できたのは皆、そこに理解しようとしてくれる他者がいたからだろう。どうせなら、こんな場所に来る前に、自由な社会にいる間に、他者とのつながりのなかで対処できるのが一番だと思うが、それは難しいのだろうか。
余談
「医学部進学のために9年もの浪人を強いられ、ついに耐えきれず凶行に至った」と理解していたので、少しは母娘の間に小康状態のような時期があったことを私は意外に感じた。
一時的な安定を見落とす点で同じだなと、つい連想したのが、フランス革命の理解である。
私はフランス革命におけるルイ16世夫妻の命運について、革命後すぐに殺されたかのように理解を単純化してしまう癖がある。だが実際には、革命後も、形式的には国王夫妻として存続していた。その後、逃亡未遂や外国王室との連携の模索といった国家への反逆的行動が発覚して初めて、断頭台へ送られた。全体からすると些細だからだろうか、いつもこの経緯をすっとばした記憶に変わってしまう。
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