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ugto310
まるで外国にいるような
弱視に対しても、難聴に対しても、人それぞれ思い描くイメージは違うはず。
きっとそれは、出会った人や経験によるもの。
わたしは、状況によって聞き取れる量が全く違う。
あるときは、難聴なんて信じてもらえないほどに、ほぼ全て聞き取れて、普通に会話できる。90%聞き取れるときがある。
一つも聞き返すことなく、ペラペラしゃべるものだから、
「あれ?普通に会話できてる。ほんとに難聴なの?」
って思われることもある。
またあるときは、半分聞き取れて半分聞き取れない。これが一番多いかもしれない。50%の聞き取り率のとき。
「そうそうそう!」
と話に盛り上がってたかと思えば、
「えっと…なんて言った?」
と、急に聞き取れなくなる。わざとじゃないのに。疲れてくると聞き取りも悪くなるのもあるかもしれない。
またあるときは、全く聞き取れなくなる。聞き取り率10%。
「え?なんて言った?」
「もう一回言ってください…」
を繰り返すけれど、全然ダメ。こうゆうときは、泣きたくなる。コミュニケーションが取れなくなるのは、精神的にもキツいものだ。
賑やかなレストラン。そこは、わたしにとってまるで外国。
ここはアジアの違う国なの?
みんなが韓国語や中国語しゃべってるように聞こえるよ?
どこから会話に入ればいいんだろう…
全て聞き取れないから、入るタイミングがわからないよ聞こえるって、わたしにとって当たり前の世界じゃない。
だけど、弱視にしてもそうだけれど、わたしはときに見えているように見られ、ときに聞こえているように見られる。
だから、何度でも自分で伝えていかないと、誤解を招くことになる。
弱視難聴って、この日本にほんとにわずかしかいなくて。
そのわずかな存在として生きるからには、きっと何かわたしがやらなくてはならない使命があるのかもしれない。
***
◇過去に書いた聞こえのこと
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