義父の足跡をたどって──奇跡の生還と、つながれた命
昨年、仕事で北海道を訪れたときのこと。
私は足を延ばして、日本最東端の納沙布岬(のさっぷみさき)まで
行ってきました。
海の向こうには、今も帰らぬ北方領土が静かに横たわっていました。
その足で、もう一か所どうしても訪ねたかった場所がありました。
それは、「帯広駐屯地」。
──かつて、主人の父、つまり私の義父が、
終戦後に移動・駐屯していた場所です。
義父の軍歴を知りたくて
義父は大正7年(1918年)生まれ。
昭和14年、数えで21歳(満20歳)のときに陸軍に入隊し、
歩兵第2等兵から軍歴をスタートさせます。
ところが──ここからが、まさに異例でした。
義父はその後、射撃の腕をかわれ、下士官教育機関に抜擢。
数年のうちに異例のスピードで昇進を重ね、最終階級は「曹長」、
つまり下士官の最高位まで駆け上がったのです。
その後の足取りについて、私たち家族も詳しく知りませんでした。
義父は、昭和48年9月1日、主人がまだ小学校4年生のときにがんで
亡くなっています。
けれど義母は、「恩給があって助かった」とよく話していたそうです。
また、義父が亡くなったあと、不思議なことがあったといいます。
何人かの見知らぬ男性が家を訪ねてきて、封筒や差し入れを置いて
帰っていったそうです。
義母によると、その人たちは皆、口をそろえて
「上官にはお世話になりましたので…」
と頭を下げていたとのこと。
当時まだ子どもだった主人も、その光景をうっすらと覚えていて──
「今思えば、あの人たちも軍の関係者だったのかもしれない」と、
ぽつりと語ってくれました。
私はふと、「義父の足跡をきちんとたどってみたい」と思い立ちました。
「軍歴軍属調査報告書」が語るもの
ある会でご縁をいただいた行政書士の田中先生に相談したところ、
快く引き受けてくださり、申請からおよそ3か月──
届いたのがこの「軍歴軍属調査報告書」です。

この中には、義父の戦時中の記録が克明に記されていました。
大東亜戦争前、20歳で軍に入隊
満州の部隊に配属(歩兵第89連隊第4中隊)
ソ連と満州の国境での任務に従事(何度か転属)
射撃技術の優秀さにより、下士官教育機関に進む
戦車の操縦を習得し、戦車部隊に配属
千島列島・松輪島にて終戦を迎える
終戦後、帯広へ移動し、駐屯待機
終戦時の階級:曹長(下士官の最高位)
義父が元々所属していた部隊は、その後フィリピン戦や
沖縄戦に送られ、ほぼ全滅していたという事実も分かりました。
もし戦車部隊に抜擢されていなければ──
義父は戦死していた可能性が非常に高いのです。
さらに、終戦時にいた松輪島では、ソ連軍による侵攻が始まっており、
他の兵士たちは次々とシベリアに抑留されていったそうです。
義父はそこで抑留を免れ、帯広へ移動。戦後の混乱の中で
再び祖国の地を踏むことができたのです。
これはもう、「奇跡」としか言いようがありません。
松輪島の記憶──戦車隊の指揮官として
納沙布岬で訪れた資料館には、北方領土や千島列島のジオラマ展示が
ありました。

松輪島、公許島、羅処和島…。かつて日本が守っていた
島々の名が並びます。
その中に、私の胸を強く打つ名前がありました──松輪島。
終戦を迎えたそのとき、義父はこの松輪島に駐屯し、
戦車隊の部隊を率いていたのです。
きっと、冷たく厳しい風の中、兵たちを励ましながら、
戦況と祖国の行方を見守っていたのでしょう。
その背中は、どれほど重い責任を背負っていたことか──
想像するだけで胸が熱くなります。
この海の向こうに、義父の記憶と誇りが、
今も静かに眠っているのかもしれない──と。
「この人が、主人の命をつないでくれた」
古いアルバムの中にあった写真。
義父、義母、そして幼い頃の主人が三人で写っています。

義父は背筋がピンと伸び、きちんとした身なりで立っていました。
その隣で、まだあどけなさの残る主人が、少し緊張した面持ちで
カメラを見つめています。
この写真が存在するのは、義父があの戦争を“生き抜いた”から。
もし義父が戦死していたら、この一枚は生まれていなかった──
そう思うと、胸の奥が静かに熱くなりました。
帯広で、敬礼
私は、義父が終戦直後に駐屯していた「帯広駐屯地」を訪れました。
現在は陸上自衛隊の拠点として整備されています。
その門前に立ち、私はまっすぐ敬礼をしました。

「生きて帰ってきてくださって、本当にありがとうございます!」
義父がいたから、主人が生まれ、そして私と出会い、いまがあります。
その“命のつながり”に、心からの感謝を伝えたくなったのです。
命の連なりを、未来へ
軍歴証明書というたった一冊の記録の中に、義父の「生きた証」
が詰まっていました。
命のつながりとは、いつも誰かの選択と偶然の上に
成り立っているのだと、あらためて感じました。
国を守った一人として、私は義父を誇りに思います。
そして──ただただ、生きて帰ってきてくれたことに、
ありがとうを伝えたい。
最後に:この記録が、誰かのきっかけになりますように
「軍歴証明書って取れるんですね」と言われることがよくあります。
戦争の記憶は、時代とともに風化しつつありますが、
こうして記録をたどることで見えてくる“命の系譜”があります。
もし、あなたの家族にも軍歴のある方がいらっしゃるなら──
その足跡をたどってみることは、過去と未来をつなぐ大切な
旅になるかもしれません。
そして今回、この「軍歴証明書の取得と調査」に全面的に
ご協力くださったのが、
ジェネラジカル行政書士法務事務所 代表行政書士・田中秀忠先生です。
軍歴・恩給・除隊記録などの戦中・戦後の戸籍や制度に
非常に精通されており、丁寧で確かな調査をしてくださいました。
ご関心のある方は、ぜひ先生の公式ホームページもご覧になってみて
くださいね。
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