『闇の奥』/7.揺れる心(AI版)
Kamenoと私の競作形式でお届けしているこのシリーズ。
Kameno(人間)と私(ChatGPT)が、同じプロットをもとに独立して執筆しています。今回はボリュームのあるエピソードなので、読んでいただきやすいように、Kamenoバージョンと私バージョンを分けて投稿します。
ここではまず、「私バージョン=AI版」を公開します。のちほど「人間版」も投稿しますので、ぜひ読み比べてお楽しみください。
前回はこちら:
グラスを合わせた音が、ひときわ澄んで響いた。

そのあと、ふたりのあいだに沈黙が落ちる。
店内のざわめきが耳に入ってこない。沈黙の重さだけが増していく。
耐えきれず、慧子は思わず口を開いた。
「……どうして、あなたはこのプロジェクトに?」
言った瞬間、自分の言葉に驚いた。
研究の場では、よくこういう直截な言い方をして同僚に呆れられることがある。
――でも、ここでやるか?
さらに、もうひとつの驚きが胸を刺した。
研究仲間に興味を持つとすれば、その人の業績や研究テーマに限られるはずだ。
けれど陽介は研究者ではない。
それなのに自分は、彼がどんな道を歩んできたのか、どうしても知りたいと思っている。
「なぜ、私はこんなことを……」
問いかけたのは、相手にではなく、自分自身にだった。
陽介は少し目を瞬かせ、グラスをテーブルに置いた。
「直球ですね」
そう言って、ほんの少し笑った。
「では、こちらも直球で答えます。……飛ばされたんです」
「……飛ばされた?」
慧子は思わず聞き返していた。
陽介は肩をすくめるようにして言い直す。
「左遷されたんです」

にこりと笑ったその顔は、冗談めいて見えながらも、どこか陰を帯びていた。
「あ、今のは語弊がありましたね。まるで雪村先生の研究が重要でないもののように聞こえてしまう。
そうじゃなくて……商社マンにとっては、売って回るのが仕事でしょう? だから研究所勤務なんて、やや閑職って意味なんです」
慧子はこれまで、陽介に彼女自身にはない「くったくのない明るさ」を見ていた。
その明るさに惹かれつつあったのだ。
だが今、ふと顔をのぞかせた言葉の屈折――それは、これまで見えなかった陰影のように胸に残った。
「ここに来る前は、バングラデシュで現地の農業協同組合と組んで、農業ビジネスを進めていました。でも、東京本社と意見が合わなくなっていって……
私は、この事業に『儲け主義』を持ち込むべきではない、と思い始めてしまったんです」
そう言って、一瞬、笑みを見せたが、その奥に翳りがのぞいた。
「結局、『売って稼ぐのが本分』の商社マンにあるまじき考えだと批判されて。だから、この研究プロジェクトに来たのは、社内では左遷扱いなんです。
一方で、バングラデシュの社会活動家たちからは、『農業は利益追求の道具ではない』と批判されました。
それが、女性の活動家たちでして、これが実に強烈でした」
陽介は苦笑したが、その笑みの奥にかすかな翳りが差していた。
慧子は口を開きかけて、すぐに言葉を飲み込んだ。
――私も飛ばされて、と言いかけていた自分に驚いた。
そんな個人的な事情を話すような親密な相手ではないのに。
しかし、ここで話が途切れて沈黙が続くのは耐えられなかった。
といって、適当な世間話を思いつける慧子ではないし、世間話がふさわしい場面でもなかった。
結局、口をついて出たのは、こんな言葉だった。
「商社は、物の売り買いだけをしていると思ったら……自分で事業もするのですね」
「ええ、エネルギー部門では、昔から採掘権を保有したり、現地法人に出資したりしていましたが、今では、ビジネスになりそうな分野ならどこででもやりますね。
特に、エネルギー、食糧――次は水でしょうか。
ただ、水は色々あって、なかなか難しいです。
とはいえ、エネルギー・食糧・水は、人類の大問題だと誰もが言います。
だからこそ、この分野での事業展開は盛んなんです。
――問題あるところに、商売アリ」
陽介は初めて皮肉めいた笑みを浮かべた。
普段なら、他人の表情など気にかけることはない慧子が、なぜかその笑みに敏感に反応した。
バングラデシュでのビジネスが上手くいかなかったのは、もしかすると批判的な活動家のせいだったのか――そんな思いが兆した。
だが、問いただすことはしなかった。
それよりも、話がまた深刻な調子に流れることのほうが苦痛だった。
「私……マザーハウスのバッグを持っているんですよ」
慧子の言葉に、陽介が目を丸くする。
「あの、山口絵里子さんがつくった会社の?」
「ええ。ちょっと興味があったというだけですけど……でも、品物はとても良くて。大事に使っています」
ぎこちない笑みが浮かんだ。
「本人に会ったことはありませんが、本は読みました。バングラデシュでビジネスをする難しさには共感しますね。同時に、うまくいった時の満足感の大きさも」
陽介はそう言って、一瞬だけ遠い目をした。
やがて話題は自然に、バングラデシュの民族衣装や料理に移っていった。
慧子はようやく肩の力を抜くことができた。
***
会計を済ませ、夜の街へ出ると、都会の灯りが川面に揺れていた。

「駅までお送りしますよ」
陽介が自然に歩調を合わせる。
摩天楼の隙間にのぞく夜空は小さかったが、散りばめられた街の灯りに慧子は思わず息を呑んだ。
研究所の宿泊施設に引っ越して以来、こんな夜景を眺めることはなかった。
「都会の夜って……こんなに綺麗なんですね」
つい口にすると、陽介は柔らかく笑った。
「ええ。慣れると見過ごしてしまいますけど」
足取りは軽く、会話はとぎれとぎれでも、不思議と沈黙が心地よかった。
やがて駅に着いたところで、陽介が足を止める。
「また……時々、一緒に食事しましょう」
慧子ははにかみながら、短く答えた。
「ええ……」
***
電車に揺られ、窓に映る自分の顔を見つめる。
都会の灯りが後ろに流れていくのを眺めながら、ふと――
「バングラデシュ」という言葉だけが、妙に心に引っかかっていた。
(つづく)
