【カニパーティー記念】カニを売る猫🦀
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海辺の町に、ぐるとという白猫がいた。
年齢も、性別も、本当に猫なのかすらも、誰も知らない。
朝はまだ薄い灰色のままで、海と空の境目が曖昧な時間帯。
波は静かに呼吸していて、
遠くのカモメだけが、かすかな白い線を引いている。
市場に立つぐるとは、
今日もカニのカチューシャをつけていた。
それは子どもがふざけているようにも見えるし、
この町の誰よりもそこに馴染んでいるようにも見えた。
ぐるとはカニを売るのがうまかった。
声は大きくない。
むしろ、喧騒の中に紛れてしまいそうなほど静かだ。
それでも、ぐるとがカニの箱を開けると、
不思議と空気が少しだけ変わる。
潮の匂いが、少しだけ甘くなる。
並べられたカニはどれも同じはずなのに、
ぐるとの手を通ると「今日選ぶ理由」を持ってしまう。
光の当たり方ひとつで、生き物みたいに見え方が変わるのだ。
買う人は、
最初から「買う」と決めて来ているわけではない。
立ち止まり、少しだけ迷い、そのままの流れで手を伸ばす。
その“少しだけ”を、ぐるとは扱うのが上手かった。
ある日、ぐるとは言った。
「カニパーティーをやろう」
それは宣言というより、風のような言葉だった。
誰かに説明する前に、もうそこに貼られていた。
市場の木の柱に、小さな紙が一枚だけ揺れている。
海風に押されて、角がわずかにめくれる。
「カニパーティーを開催します」
それだけ。
その意味を説明できる者はいなかった。
何が行われるのか、理解している者もいなかった。
でも町の人たちは、なぜか立ち止まらない。
むしろ当然のように、
「ぐるとがやるなら」と準備を始めていく。
漁師たちは黙ってカニを多めに獲った。
店主は木箱を運び出し、子どもたちは浜辺で色紙を切った。
理由は誰も言わない。
ただ、町が少しずつ同じ方向へ傾いていく。
その中心に、ぐるとがいた。
だが、ぐるとは指示を出さない。
段取りを説明しない。
ただいつものように市場の隅に立ち、
いつものようにカニを並べている。
それでも人は集まる。
「ぐるとがやるなら大丈夫」
そういう声が、どこかから自然に漏れてくる。
やがて夜になると、町はひとつの光の塊になった。
提灯の灯りが海風に揺れ、
焼いたカニの匂いが通りを流れていく。
鉄板の上で弾ける音が、
遠くの波音と混ざって境界をなくしていた。
笑い声が重なり、誰かの呼ぶ声が消えていく。
そのどこにも、強い中心はないはずなのに、
視線は自然と同じ場所へ戻る。
ぐるとがいる場所だ。
ぐるとは、群れの真ん中にはいない。
ただ、少しだけ端に立っている。
それなのに、そこが一番静かで、
一番よく見える場所になっている。
まるで、空気そのものがぐるとを避けて流れているようだった。
夜が深くなると、人の流れが少しずつ緩やかになる。
海の音が戻ってくる。
さっきまで人の声に埋もれていた波が、
もう一度輪郭を取り戻していく。
ぐるとは市場の裏へ歩いた。
そこには明かりが少ない。
箱の影と、濡れた地面と、
積み上げられた木材の匂いだけがある。
喧騒が遠ざかるほど、海の気配が濃くなる。
若い漁師が声をかけた。
「ぐるとさんって、なんでそんなに売れるんですか」
ぐるとは、すぐには答えなかった。
波の音が一度、間を埋める。
それから、ほんの少しだけ言葉を落とす。
「売ろうとしてないからかな」
風が、箱の隙間を抜けていく音がした。
「売ることより、買ったあとを見てるだけ」
それだけだった。
説明ではない。答えにもなっていない。
ただ、その場に置かれた一枚の紙のような言葉だった。
若い漁師は何も言えずに立っていた。
ぐるとはもう彼を見ていない。ただ海のほうを見ている。
そこに意味があるわけではない。
ただ、落ち着くからそうしている、という姿だった。
やがてカニパーティーは終わりに近づいていく。
片付けられていく光の中で、
町は少しずつ元の輪郭に戻っていく。
テーブルは畳まれ、提灯は消え、
音だけが少し遅れて消えていく。
残るのは、濡れた砂と、冷えた鉄板と、潮の匂い。
ぐるとは市場の中心に戻る。
そこには空になった箱が並んでいる。
触れればまだ温度が残っていそうな気がする。
ぐるとは、その箱を見ていた。
しばらくして、小さく言う。
「今日も、ちゃんと届いたね」
その声は、海に吸い込まれていく。
返事はない。
けれど、ぐるとはそれを必要としていなかった。
夜の海は何も言わない。
ただそこに在るだけで、
すべてを受け止めているように見える。
ぐるとのことを、僕は何も知らない。
ぐるとがどこからやってきて、どこへ帰っていくのか。
なぜ毎日カニを並べているのか。
なぜ時々それがキノコになるのか。
知らないのに、分からないのに、
つい目で追いかけてしまう。
ぐるとはそういう存在だ。
そして、これからもそうあり続けるのだろう。
一つだけ確かなのは、ぐるとがそこに立っていると、
町のどこかが少しだけ整うということだった。
ぐるとさん
カニパーティ開催おめでとうございます🦀
有益情報と謎行動のバランスが絶妙なぐるとさんが大好きです。
これからも応援しています。
神崎 快斗
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