「宿題、意味ない。」本当の理由
私は現在とある公立小学校に勤務する4年生の学級担任である。
先日、計算ドリルの宿題が始動した。
計算ドリル、まずは3年生の復習の問題がズラリ20問並ぶ。
整数の乗除算、筆算、小数の加減算、同分母の分数の加減算。
かつおくん(仮称)が5問しかできずに、ノートの空きスペースに、
「時間がなくてできませんでした。」
と書いて提出してきた。
これまでであれば、
「昼休みまでにやって出しなさい。」
「休み時間にやりなさい。」
等の指導を行っていたことだろう。
しかしながら私は以下の声をかけた。
「もしかして分からなかったから、できなかったの?」
かつおくんはコクリと首を縦に振った。
その日は学校行事の関係で昼休みなし、
給食後すぐに下校の予定であった。
私は伝える。
「ごめん、一緒にやって、完成させるまで見てあげたいんだけれど、
今日の行事予定の関係で先生かつおくんのために宿題見てあげることができないんだよね。
また今度でもいい?本当にごめんね。」
かつおくんは
意表を突かれたようにキョトンとした表情を見せた。
かつおくんはおそらく
これまで散々
やっていなかったらやらされてきたのだろう。
できなかったら答えを丸写しして、先生からの叱責を免れてきたのだろう。
分からない自分にフタをするように、
羞恥心を懐に閉じ込めるように、逃げ続けてきたのだろう。
話は逸れる。
別の場面、授業中に練習問題と称して計算ドリルをさせてみた。
わかめさんが自己採点、丸付けをした。
「あれーなんでこの問題できないんだろう。わかんないや。」
と言って、私の目の前で
何の悪びれる表情もなく、
平気で答えの数値を赤ペンで間違えた問題の横に書いて
ノートを閉じた。
話を戻す。
要するに大半の彼ら、彼女らは、
宿題をなまけてやらないのではなく、
分からないからできないのである。
普段から両親が忙しいのならなおさら、
「宿題やったの?」
「うん、終わった。」
でタスク完了なのである。
私は思わず唸ってしまった。
「こうやってわからない問題の答えを写して、やった気になって、この子達はこれまでの3年間を過ごしてきたのか・・・。」
しかし、
それなりに学力の高い子は違う。
間違っている問題に遭遇したら、答えのページを一度閉じ、
ノートの隅に再度解き直しているのである。
13回目の担任である。
ひたむきに「やった子」と「やってない子」の差はノートを見ただけで一瞬で手に取るように分かる。
つまり、
これらのことから2つの大きな課題が見えた。
1つ目、
子どもは宿題でつまずいても、親が忙しくて(早く好きなことがしたくて?)できない問題をできないまま放置してしまっている
のが最悪なことに習慣化してしまっているのである。
2つ目、
できない問題に出合った時にどうすればできるようになるのか、
解けるようになるのか
賢くなれるのか
学習方略をもっていない
のである。
宿題はやらせても学力に大差はない。
という所以は、この
そもそも宿題のやらせ方(やり方)のまずさ
から生じているのではないかと、
日々担任をしていて感じている。
現場からは、以上です。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます!!
いただいたチップ代金はすべて今後の学びのために使わせていただきます!!