あなたのセロリと私の花瓶
これを買う人は、きっと人生が豊かなんだろうな、と勝手に思っているものがある。セロリだ。
この場合の豊かというのは、お金持ちという意味ではなく、充実しているという意味。
パート先のスーパーには、必ずセロリがおいてある。皆さんのご利用されるスーパーにセロリはあるだろうか?あります!と断言できる人、実は少ないのではないかと推測している。そもそも、セロリ、売り場で探すことって、あります?
私がなぜパート先のスーパーにセロリがある、と断言できるかというと、時々セロリが購入されるからである。あの独特な香りがマスク越しにも伝わる。
私がセロリになじみがないだけだが、セロリがないと作れない料理、というのはあるのだろうか?そう思って調べてみた。セロリのレシピ。
マリネ、スープ、きんぴらなど。
私が知らないだけで、かなりのレシピがあるようだ。しかし、「必ず食べなければいけない野菜」というわけではやはりないように思う。
セロリを買ってまで食べようと言う人は、きっと人生のどこかで、セロリってなんておいしいんだ!という経験をしているはずだ。そうでなければ、きっと買わない野菜だろう。
このセロリを買う行為、何かに似ているな、と思っていたのだが、花を買うことに似ている気がする。生活に必須ではないけど、彩りを与えてくれる、そんな感じ。
私は以前、須王フローラさんの『花とお金』という本を読んで、花を活けたいと思った。まずは花瓶を購入しようとしたのだが、これが、すごく大変で。
まず、花瓶を売っているお店が思いつかない。郊外のショッピングモールに全国展開している雑貨屋さんがあるが、そこの花瓶はなんだか気に入らなくて購入を見送った。
私が欲しいシンプルで大きすぎない花瓶はないのか!?と出かける度に花瓶を探す癖がついた。そして、近所のダイソーでそれを見つけたのだ。まさに灯台下暗しである。200円の花瓶。見た目が気に入ったのでよい。だが、本を読んでから花瓶を購入するのに1ヵ月以上を要してしまった。
次に花を挿さなければならない。近所には2店舗ほど花屋はあるが、いざ買おうとすると妙に緊張してしまい、実はまだ入店すらできていない。一度入ったら買わないと申し訳ないという気持ちになりそうで、もし花が気に入らなかったら何も買わずに店を出ることができるだろうか。いや、どうだろう。
そんなわけで、私の部屋には空っぽの花瓶がそのまま置いてある。
私の空っぽの花瓶は、どんな花を活けようか、と私に毎日語りかけてくる。なんなら今も視界に入りながらこの文章を書いている。ちょっと申し訳ない気分だ。いやしかし、花はまだ活けられていなくともこの花瓶は、私の人生を豊かにしているに違いない。
あなたのセロリと私の空っぽの花瓶。みんなちがってみんないい。
追伸:
今回ChatGPTくんに依頼したら、こんな画像ができました。サイズ調整失敗したので全景載せられなかったので、こちらで紹介。

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