第407回 五危
前回、前々回で、「九変」、「五利」を説明しました。
今回は、最後の「五危」になります。
「五危」は、文字通りの5つの危険になります。
つまり、「risk」ではなく、「dange」になります。
「dange」というのは避けるべき危険ですから、絶対に近寄ってはならないということになります。
必死可殺也
必生可虜也
忿速可侮也
廉潔可辱也
愛民可煩也
① 死を覚悟していると殺される
② 生き残ろうとすると捕虜となる
③ 激昂しやすいと侮られる
④ 清廉であれは辱められる
⑤ 部下を大事にしすぎると苦労させられる
死を覚悟すると、死を避けるためにする「risk hedge」を疎かにしてしまいます。
一か八かの賭けで決定してしまい、死を軽んじることになってしまいます。
だから、死んでしまう訳です。
「死を覚悟する」のと、「必死で頑張る」のとは、意味が違います。
また逆に、絶対に死なずに「生き残ろう」とすれば、「risk hedge」で安全を求めすぎてしまいます。
その結果、「low-risk」でも動くことが出来なくなり、逃げ延びる「chane」を逸してしまいます。
だから、捕虜にされてしまうのです。
つまり、最初から「死」を受け入れたり、「死」を怖がったりしていては、「risk hedge」の選択を誤ることになるということです。
「死」はあくまで結果ですから、意識し過ぎることなく「中庸」が良いということです。
また、どちらも、正しい「risk management」が出来ていないことから、「danger」となるわけです。
そして、感情的になると、「risk hedge」も疎かになってしまいます。
儒家が相手を説得する方法として、先ず怒らせたのは、このためです。
説得されないと考えている相手を怒らせることによって、その準備という鎧を脱がせるのです。
更に、「君子は喜怒哀楽を現さず」とあります。
感情を出せば、それを利用されることになるからです。
そして、これらのことは誰でも知っています。
だから、「激昂しやすいと」周囲から「またか・・・・」と、「侮られる」ことになるのです。
「侮ら」れたら、正しく命令を聞いてくれなくなるため、「danger」となるわけです。
そして、物事をキチンとしようとし過ぎる人は、そうならないときに恥をかかされます。
キチンとすることは良いことですが、し過ぎると周囲から反感を買ってしまいます。
すると、そうできなかった時に、周囲から殊更にできなかったことを、大声で非難されてしまいます。
言行不一致は、最も恥ずかしいことですから、以後、誰も話を聞いてくれなくなります。
ですから同様に、「danger」となるわけです。
最後に、部下を大事にするのは良いことですが、大事にし過ぎると辛い命令を出すことが出来なくなり、却って部下に負担をかけてしまうことがあります。
部下に負担をかけ過ぎると、ここでも正しく命令を聞いてくれなくなるため、「danger」となるわけです。
ですから、これも「中庸」が大事で、し過ぎてはいけないのです。
同じように、超短期投資家にも、5項目の「danger」があります。
① 損失を覚悟して危険な銘柄に手を出すと大損させらる
② 損失を怖がって仕込みを躊躇うと好機を失ってしまう
③ 冷静さを逸すると判断を誤らされる
④ 自身の手法を大事にし過ぎると臨機応変に動けなくなる
⑤ 資金を大事にし過ぎると心労させられる
投資をしている中で、「損失を出して良い」と考えては、絶対にダメです。
「損失」は避けるべきものであり、決して受け入れるべきものではありません。
ただ、「損失」を怖がり過ぎて売買しないでいると、好機を逸してしまいます。
ですから、正確に「risk hedge」を考えながら、許容できる「損失」を予め定めて、投資に臨むべきということになります。
そもそも確率五分五分は「high-risk」であり、この時に動くのは、損失を覚悟しているからです。
せめて七分三分くらいの「low-risk」まで確率が上がらないと、損失を回避しようとしているとは言えません。
また、十分という「no-risk」まで投資をしないと考えれば、先ず一生投資することは出来ないでしょう。
投資家は、「low-risk」を意識して、投資に臨むべきなのです。
また、投資をしている間は、絶えず冷静さを意識するべきです。
株価の動きに一喜一憂することなく、事前に定めた投資手法に従って売買に臨むべきです。
そして、その日の終わりに初めて損益を確認し、「今日は儲かった」、「今日は損した」と認識すれば良いのです。
わざわざ場中に、心をざわつかせるようなことをする必要はありません。
心をざわつかせるのは、「risk」を高めることにしかなりません。
そして、自分の投資手法は大事にするべきです。
しかし、逆説的な言い方になりますが、大事にし過ぎると臨機応変に動けなくなります。
この辺りも程の良さの「中庸」が良いのですが、実際のところはなかなか難しいところです。
経験が積み重なった後は、臨機応変に動くようになれれば良いでしょう。
そうなる前は、自分の投資手法を大事にするべきでしょう。
また最後に、自分の資金を大事に思いすぎると、ちょっとした減少も心を抉ってきます。
「投資にリスクは付き物」と言われるのは、多少の増減は許すようにしろという意味です。
資産の増減に一喜一憂することなく、全体を俯瞰して臨むことが必要です。
つまり、この「五危」というのは、途中の説明でも出てきましたが、「中庸」の大切さを説いています。
「死を受け入れ過ぎるな」、「生に拘り過ぎるな」、「感情に任せすぎるな」、「同僚を気にし過ぎるな」、「部下を気にし過ぎるな」ということです。
これは、伊達政宗が言ったとされる「五常訓」と同じようなものです。
仁に過ぎれば弱くなる
義に過ぎれば固くなる
礼に過ぎれば諂いとなる
智に過ぎれば嘘をつく
信に過ぎれば損をする
仁義礼智信は、儒教で五徳と呼ばれる最上の徳ですが、これらの徳ですら過ぎれば逆効果を産むということです。
