【インタビュー】伊東潤『天地震撼』刊行記念
2月17日に発売された『天地震撼』は著者・伊東潤の圧倒的な熱量を体感できる骨太の一冊だ。52歳の武田信玄と31歳の徳川家康の雌雄を決する死闘。その現場にはいかなる天命が待ち受けていたのか。英雄たちの素顔をありのままに再現した創作の裏側や読みどころを伺った。
取材・文:内田 剛 写真:福島正大
『天地震撼』伊東潤インタビュー
●「武田家サーガ」三部作 堂々完成!
――『天地震撼』を興奮しながら読ませていただきました。相当手応えがあると思いますが。
伊東:手応えはありますね。久しぶりの戦国物で、なおかつ本作が最後の戦国物という可能性が高いので、力が籠もっています。
――漲るものがあるというところですね。
伊東:信玄の最期を描いた作品ということもあり、気合を入れて書きました。思えばデビュー作の『武田家滅亡』に始まり、様々な戦国物を書いてきましたが、最後も武田家物ということで、因縁のようなものを感じます。
――デビュー作『武田家滅亡』が2007年、『天地雷動』が2014年、そして11年の時を経てこの度、『天地震撼』の刊行。ついに「武田家サーガ」三部作の完成ですね。やはり武田家は特別なテーマなのでしょうか。
伊東:武田家の盛衰は戦国大名の典型だと思います。とくに最盛期から衰亡期を経て滅亡まで劇的な展開です。繁栄は衰亡の萌芽を宿していたという言葉がありますが、まさに武田家にこそ、その言葉が当てはまります。
●現代社会に通じる武田家の教訓
――伊東作品は様々な読み方ができますが、現代に通じるものがあります。
伊東:信玄は自身をカリスマ化しすぎて、自分でしか操縦できないコックピットを作ってしまったんです。そこに勝頼が座っても、自分より年上で百戦錬磨の家臣団をうまく操縦できないわけです。そのひずみが、長篠・設楽原の戦いでの無理な突撃へとつながっていくわけです。
――それが信玄の悲劇であり、勝頼の悲劇でもあったと。
伊東:その通りです。自らを神格化するということは、自分一代限りは最も効果的なんですが、次代を担う者にとっては負担以外の何物でもありません。勝頼は自分の武田家を作っていくために、戦いに勝ち続けねばならなかったのです。これは現代の企業にもあてはまることで、創業者が一代で大きくした企業は、どこも次代で苦労していますね。それは次代を担った人が無能なのではなく、創業者のやり方に問題があったのです。

●物語はどうやって作られるのか?
――プロットは細かく作られるのでしょうか?
伊東:歴史小説と全くゼロベースで書く小説とでは、作り方も違ってきます。歴史小説は史実という軸があるので、テーマや新解釈を決めれば、プロットは不要です。現代物は綿密なプロットを立ててから書き始めます。しばしば登場人物とそのプロフィールを決めれば、勝手に物語が動き出すという作家がいますが、自分の場合は違います。もちろん書いていくうちにテーマや結末が変わってくることはありますが、おおよその指針がやはり必要です。
――書いていくうちに思わぬ方に行くことはありますか?
伊東:歴史小説は思わぬ方向には行きません。史実があるからです。それが不自由に思うこともあるので、現代物でストーリーテラーとしての憂さを晴らしています(笑)。
――その中でいかに創作して楽しめるかというところでしょうか?
伊東:作者が楽しめないと、いいものにはならないですね。歴史小説の場合、展開も結末も決まっている中で、いかに読者にプロセスを楽しんでもらえるかが大切です。また歴史小説の場合はテーマや新解釈も大切ですが、趣向も大切です。『天地震撼』の場合は、信玄と家康のデュアル視点という形式を取ることで、両陣営の緊迫感が生み出せたと思います。
――視点が両者の行き来だというのが一つ読みやすさの秘訣ですね。
伊東:その通りです。分かりやすく言えば、思惑と駆け引きのキャッチボールですね。それが戦国物の面白さを引き出します。
●独自の歴史解釈で読者を引きこむ
――物語を書くうえで、最大のポイントは何でしょうか?
伊東:「この小説の存在意義は何か」を問うことです。それはテーマにもつながってくることですが、それを定義できない作品は、一時的に売れたとしても消えていくだけです。とくに歴史小説の場合、「これだったら研究本を読めばいい」と思われたら負けです。それを防ぐには独自の解釈や魅力的なキャラクター、そしてエンディングでカタルシスを生む「何か」を用意することです。
――歴史小説の難しさは、史実を曲げずに、いかに読者を引きつけられるかでしょうか?
伊東:基本的にはその通りです。歴史には一番上のレイヤーに史実があり、その下に先生方が長年かけて醸成してきた定説があります。それらを踏まえた上で、独自の解釈を展開しなければなりません。小説だからといって甘えは許されません。可能性が1パーセントでも、あり得る話を書くことが大切です。
●「圧巻の臨場感」の秘密とは?
――伊東作品の魅力は「臨場感」ですが、取材には行かれますか?
伊東:基本的は現地には行きます。城跡や古戦場の跡に立って、何が見えて、どんな匂いがするか。これは海の近くなら潮の匂い、山なら季節の花の匂いですね。また何が聞こえるか。これは樹木を渡る風の音や潮騒とかですね。あとは飯や水はどんな味がするか。そして感覚ですね。これは傷の痛みなどです。本作では、とくに信玄の胃の痛みの表現に気を使いました。
文学賞の選考委員をやっていると、作家の感覚の差異を最も感じます。ステレオタイプな表現しかできない人と独自の感覚表現ができる人の差は歴然としています。
――臨場感は頭に浮かび上がってくるのでしょうか?
伊東:私の場合、かつてソウルオリンピックの予選で7位になるほどウインドサーフィンをやっていたので、様々に変わる海の顔や風について詳しく、また趣味で合戦祭りにも行っていたので、あの合戦祭りの異様な雰囲気も十分に味わってきました。作家にとって体験は大切です。体験なくして頭の中だけで書いた小説は、すぐに分かります。
――一番甲冑が似合う作家さんだと思います!
伊東:ほかにマイ甲冑を持っている作家はいないので当然です。

●武田勝頼はどんな武将であったのか?
――家康の一番の師匠が信玄なんですね。そこに運命の皮肉を感じます。
伊東:家康の師匠は味方の信長と敵の信玄です。この二人からすべてを学んだので、家康は天下が取れ、また秀吉を反面教師としたので、天下を永続させることができたのです。信玄と違い、勝頼は手本となる師匠がいませんでした。というのは、四男だったので、6歳から諏訪氏に養子に出されたからです。一方、奥小姓から始めた武藤喜兵衛(真田昌幸)は、少年の頃から信玄の謦咳に接していますから、あれだけの軍略家となれたわけです。それゆえ信玄は勝頼と喜兵衛の二人三脚で、次代の武田家を切り盛りしていってほしいと思っていたのかもしれません。
――武田勝頼の評価は分かれますね。
伊東:私は勝頼のことを「日本一の侍大将」と呼んでいます。それだけ小部隊を率いた時の勝頼は強かった。しかし感情に負けてしまうので、大局的な見地から政治的判断を下したり、大軍を運用したりすることは苦手でした。また内政面での治績はほとんどなく、外交や調略も後手に回ることが多く、総合的な面で大名家の当主には向いていませんでした。
――生まれながらに十字架を背負い込んでいる不幸ですね。
伊東:それはそうですが、それでも自分の弱みを意識し、自分を涵養していかなかったのは事実です。それが分かっていれば、自分を補完する人材を周囲に集めるべきでした。例えば家康は、南海坊天海、金地院崇伝、林羅山、三浦按針、後藤庄三郎といったその道の専門家を諮問機関としていましたが、勝頼にはそうした人がいません。
信玄としては、勝頼に自分のコピー同然の真田昌幸を組ませることで、何とかなるかもしれないと思っていたような気がします。しかし勝頼は自尊心が強いので、誰かと補完関係を築くのは難しかったと思います。
●31歳だった徳川家康の苦悩と危機
――家康に目を向けると信長が常に背後にいる。その見えない関係性が読んでいて面白い。
伊東:家康にとって信玄よりも信長の方が怖いんです。家康の場合、幕府を開いてからの大御所イメージが強いので、圧倒的な強者イメージですが、この頃の家康は中間管理職と同じです。
――厳しかった時代が身に染みているわけですね。
伊東:家康は過去の苦しい時代を忘れないようにしていました。そこに戻される恐怖から、天下取りを目指したとも考えられます。
――その辺りの駆け引きも興味深いですね。
伊東: 恐怖こそモチベーションになるのです。信玄という強敵が近くにいたからこそ、家康は成長でき、上を目指せたのだと思います。
●武田信玄の最大の敵とは?
――信玄の一番の敵は病であって、そのために時間がなかったというのがやはり大きかったのでしょうか?
伊東:あれほどの重病にもかかわらずなぜ信玄が思い切った西上作戦に出たのかは、永遠の謎です。しかしそうした局面であったからこその理由があったはずです。
――死期を間近に意識しているからこそ、病床に臥せるのではなく、奮い立たせていくという。
伊東:本来なら信玄は養生すべきです。というのも信玄が生きているだけで、抑止力になるからです。しかし信玄は自らの寿命を縮めても軍旅に出た。しかもリスクの高い大作戦です。その理由は何なのか。私なりの理由を本作の中で述べています。
――ネタバレになってしまいますね。そこが終盤の最大の読みどころですけども。
伊東:その理由は、武田家三部作を読めば分かってきます。
――武田家にとって京に入るということは特別なことだったのでしょうか?
伊東:西上作戦は、天下取りを目指す信玄最後の賭けだったと思います。
●魅力的な人間・武田信玄の描写
――読みながら、勇ましいよりも人間らしい信玄像が見て取れました。
伊東:人というのは弱い者です。病いは弱さを後押しします。強いだけの信玄には魅力がありません。病いだけでなく苦悩と葛藤を抱きつつ、それでも西上作戦を敢行した信玄の内面に、本作では迫れたと思います。
――それも天命ということですかね。
伊東:残念ながら、天は武田家に微笑まなかったわけです。
●戦国大名家を受け継ぐことの大変さ
――戦国大名家をどうやって継ぐのかは大きな問題ですね。
伊東:後継者が適任かどうかが最大の問題です。適任ではないと思っても、大名は自分の子供に跡を継がせたいものです。とくに勝頼以外の選択肢がなくなってしまった信玄の場合、不安だらけだったと思います。
――上杉謙信も後釜問題に決着をつけられなかったですし。
伊東:謙信の場合、「後は野となれ山となれ」「なるようにしかならん」と思っていた気がします(笑)。そこが信玄との違いです。
――運命の考え方が、53歳の信玄と31歳の家康では違っているのでしょうか?
伊東:二人とも、運命は自力で切り開くものと思っていたはずです。しかし信玄は衰えていくにつれ、天命に従うつもりになっていったと思います。
●これからの予定とメッセージ
――2025年のご予定をお聞かせください。
伊東:新作は二作となります。夏頃に戦後80年を記念した大作『鋼鉄の城塞 ヤマトブジシンスイス』を出します。戦艦大和を作るプロジェクトX的な物語です。同時に、様々な事件が起きて若い造船士官らが成長していくという、ビルデゥングスロマンでもあります。年末には『青き海の涯に 琉球警察2』が出ます。こちらの作品は、戦後の沖縄の諸問題を踏まえつつ、いかに一気読みしてもらえるかを考え抜いた作品です。一昨年出した『琉球警察』の続編になります。
――最後に読者へ向けてメッセージをお願いいたします。
伊東:戦国時代にはたくさんの戦いがありますが、信玄の西上作戦と三方ヶ原の戦いは、信玄、家康、信長の命運を決する画期となる戦いでした。その点では、関ヶ原の戦いよりも大きなインパクトがありました。なぜ、病身の信玄が西上作戦をやろうと決断したのか。そして何を目標にしていたのかということを、独自の解釈で書いておりますので、ぜひお読みください。
プロフィール

伊東 潤(いとう・じゅん)
1960年、横浜市生まれ。早稲田大学卒業。外資系企業に勤務後、経営コンサルタントを経て2007年『武田家滅亡』(KADOKAWA)でデビュー。『国を蹴った男』(講談社)で第34回吉川英治文学新人賞を、『巨鯨の海』(光文社)で第4回山田風太郎賞を受賞。そのほか文学賞多数受賞。近著に『夢燈籠【戦前編】 虎を野に放て』(中央公論新社)がある。
書誌情報

書名:天地震撼
著者:伊東 潤
発売日:2025年02月17日
定価:2,200円 (本体2,000円+税)
ページ数:360ページ
判型:四六判
ISBNコード:9784041147498
発行:KADOKAWA
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322311000885/
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