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6-3.ロボットを動かす小さな筋肉

BLDCモーター、トルク密度、発熱、寿命の世界

第2部:ハードウェア編
ヒューマノイドロボット主要ハードウェア 2026 完全版
アクチュエータ・減速機・ロボットハンド・センサー・電源で見る「ロボットの身体」
評価軸:役割/コスト比率/技術難度/サプライチェーン/日本企業の商機

読む前に

ヒューマノイドが腕を高速で伸ばし、数センチ手前でぴたりと止まる。その動きの根本にあるのはAIではなく、電流を瞬時にトルクへ変えるモーターである。全身で40個前後のモーターが加速と減速を繰り返し、姿勢を保つための微小な補正を続けている。

モーターは成熟した技術に見える。実際、マッキンゼーは関節の中でモーターを比較的汎用品に近い部品と位置づけ、原価もアクチュエータ全体の10〜20%にとどまるとみる。それでも競争の中心から外れないのは、小さな関節に収め、熱を逃がし、長時間トルクを出し続けるという条件が厳しいからだ。そして磁石の供給は、中国の輸出規制という地政学の上に乗っている。本稿では「小さな筋肉」の中身を、電磁気から供給網まで分解する。

目次

第1章 ヒューマノイド用モーターとは何か
第2章 BLDCとPMSMの違い
第3章 トルクはどこから生まれるのか
第4章 内部ロータと外部ロータ
第5章 フレームレスモーター
第6章 トルク密度という最重要指標
第7章 永久磁石とレアアース
第8章 巻線、銅充填率、鉄心
第9章 FOCとインバータ
第10章 発熱――モーター性能の本当の壁
第11章 ピークトルクと連続トルク
第12章 低慣性と応答性
第13章 エンコーダと位置検出
第14章 モーター寿命は何で決まるのか
第15章 モーター配置と遠位慣性
第16章 2026年の主要プレイヤー
第17章 日本企業の商機
第18章 2030年――モーターはコモディティ化するか

まず結論

ヒューマノイド用モーターで最も重要なのは「最大トルク」単独ではなく、必要な体積と重量の中で、どれだけの連続トルクを、低損失かつ低温で出し続けられるかである。モーターの限界は電磁設計だけでなく熱設計によって決まる。

2026年の主流は、高効率な永久磁石同期モーター系とフレームレス構造である。Unitree G1は低慣性・高速の内部ロータPMSMを公式採用し、TQ-RoboDriveは高い銅充填率と熱伝導ポッティングをトルク密度の鍵としている。関節が小さくなるほど、モーター、減速機、インバータ、冷却を一体として設計する必要がある。

ただし、モーター単体の原価と供給のリスクは分けて考える必要がある。モーターそのものは電気自動車や産業機械の量産を借りられるため、供給が詰まる危険は比較的小さい。一方でその中の永久磁石は、加工能力の約90%を中国が握り、2025年4月から中重希土類の輸出許可制が続いている。モーターの競争は、電磁設計と熱設計の競争であると同時に、磁石をどこから確保するかの競争でもある。

本稿で扱うのは次の五点である。

  • BLDCとPMSMをどう理解すべきか

  • トルク密度を決める磁石、巻線、電流、冷却

  • 内部ロータ、外部ロータ、フレームレスモーターの違い

  • ピークトルクと連続トルクを混同してはいけない理由

  • 日本企業がモーター周辺で取れる部品・材料・量産ビジネス

第1章 ヒューマノイド用モーターとは何か

電動モーターは、固定子が作る回転磁界と回転子の磁界の相互作用によってトルクを発生させる。ヒューマノイドでは高効率と高応答が求められるため、永久磁石を使うブラシレス系モーターが中心になる。

重要なのは、モーターが単独で関節を動かしているわけではないことだ。多くの関節では、モーターは比較的高速で回転し、減速機で速度を落としてトルクを増やす。モーターが出す数Nmのトルクが、減速比を介して関節では数十〜数百Nmになる。

このためモーター設計は減速機から切り離せない。高速小型モーター+高減速比と、大径高トルクモーター+低減速比では、重量、効率、バックドライバビリティ、熱、制御性が変わる。

数で見ると、モーターは一台の中で最も多い主要部品の一つである。Texas Instrumentsは、人間に近い可動域を再現するためにヒューマノイド全体でおよそ40個のサーボモーターが使われ、その多くが永久磁石同期モーターかブラシレスDCモーターだと説明している。すべての関節のモーター制御器が、高い精度と速い応答で同期しなければ、機体の安定は保てない。

原価の側から見ると印象が変わる。マッキンゼーの内訳では、モーターはアクチュエータ原価の10〜20%で、減速機やドライバより小さい。同社は、関節の性能差の多くは減速機から生まれ、モーターは比較的汎用品に近いとみる。ただし高級品は別で、ロボット向けに高性能なモーターを供給できるのはスイスのmaxonや米国のKollmorgenなど一部に限られ、需要がこれら産業向け中心の企業の供給能力を上回りつつあるという。

実装・評価で見るべきポイント:モーター単体のカタログ値ではなく、関節として必要なトルク速度曲線から逆算する。定格回転数、ピーク回転数、減速比、負荷慣性を一つの系として評価する。モーターを選ぶ前に、全関節の要求トルクと速度を一覧にし、何種類のモーターで賄えるかを試算する。種類の数は原価だけでなく、予備品在庫と保守の手間を直接決める。

第2章 BLDCとPMSMの違い

BLDCはBrushless DC Motor、PMSMはPermanent Magnet Synchronous Motorである。実務では両者の境界は曖昧で、同じ永久磁石モーターでも駆動波形や制御方式によって呼び方が変わることがある。

古典的な説明では、BLDCは台形状の逆起電力を想定した六ステップ通電、PMSMは正弦波状の逆起電力を想定した正弦波電流制御とされる。現在の高性能ロボットでは、永久磁石モーターをFOCで滑らかに制御する構成が一般的で、「BLDC」という製品名でも実際には正弦波制御される場合がある。

したがってヒューマノイドを理解するうえでは名称より、磁石配置、巻線、スロット構造、トルクリップル、インバータ、FOC性能を見る方が重要である。

マッキンゼーの整理はこの区別を費用の面から述べている。ヒューマノイドの関節では効率と入手しやすさからフレームレスのブラシレスDCモーターが主流で、永久磁石同期モーターは転流が滑らかな代わりに価格が高いという。つまり呼び名の違いは、実務では「どこまで滑らかさにお金を払うか」の違いとして現れる。差がつくのは方式の選択より、専用の巻線、トルク密度の最適化、熱の管理だと同社はみる。

滑らかさが効くのは、低速で力を細かく調整する場面である。物をそっと置く、人の手に触れる、ねじを締め始めるといった動作では、トルクの脈動がそのまま手先の振動になる。逆に、高速で振り回す動作が中心の関節では、この差は小さい。

実装・評価で見るべきポイント:仕様書の「BLDC」「PMSM」表記だけで性能を判断しない。相抵抗、トルク定数、逆起電力定数、極対数、コギング、最大電流、制御方式を確認する。低速域のトルク脈動を、実際の関節速度で測って比較する。カタログのコギングトルクは無通電時の値であり、通電して制御した状態の脈動とは別物である。

第3章 トルクはどこから生まれるのか

モーターのトルクは、大まかには磁束と電流の積で決まる。永久磁石が強く、導体へ多くの電流を流せばトルクを増やせる。しかし電流を増やすと銅損がI²Rで増え、発熱が急増する。

そのため「もっとトルクが欲しいから電流を増やす」という方法には限界がある。短時間のピークなら可能でも、連続運転では巻線温度、磁石温度、接着剤、絶縁材、ベアリンググリースの許容温度が制約になる。

高トルク密度モーターは、強い磁石、大きな有効半径、高い銅充填率、低損失鉄心、短い磁路、良好な熱伝導を組み合わせる。つまり電磁気と熱工学を同時に解く製品である。

数字で見ると、電流の限界がよく分かる。巻線の抵抗が0.1Ωのモーターに10Aを流すと、銅損は10Wである。トルクを2倍にしようと電流を20Aにすると、銅損は40Wへ4倍になる。トルクは電流に比例して増えるが、熱は電流の二乗で増える。関節の小さな筐体で40Wを逃がし続けるのは簡単ではない。

このため、同じトルクをより少ない電流で出す工夫、つまりトルク定数を上げる設計が重要になる。磁石を強くする、ロータの半径を大きくする、巻線の巻数を増やすといった方法があるが、どれも重さ、慣性、逆起電力による速度の上限と引き換えになる。

実装・評価で見るべきポイント:Kv値や最大電流だけでなく、トルク定数Kt、相抵抗、熱抵抗、熱時定数を確認する。連続性能はこれらの組合せで決まる。比較の指標には、トルク定数を相抵抗の平方根で割った値(モーター定数)を使う。この値が大きいほど、同じトルクを少ない熱で出せる。カタログに載っていなければ、二つの値から計算して並べる。

第4章 内部ロータと外部ロータ

内部ロータ型は、回転子が固定子の内側で回る。ロータ径が比較的小さくできるため慣性を下げやすく、高速応答と放熱設計に向く。Unitree G1が「低慣性・高速内部ロータPMSM」を採用しているのは、反応性を重視した設計の一例である。

外部ロータ型は磁石を持つロータが外周側で回る。トルクを生む半径を大きく取りやすく、低速大トルクに有利な場合がある。その一方でロータ慣性や構造、安全な封じ込めを考える必要がある。

ヒューマノイドでは、関節の外径、軸方向長さ、中空軸、減速機との配置によって最適解が変わる。モーターだけで優劣を決めることはできない。

UnitreeのH1に使われるM107は、直径107mm、厚さ74mmの関節モーターで、低慣性・高速の内部ロータ型である。同社は応答の速さ、制御の精度、放熱のしやすさを内部ロータ型の利点として挙げている(発表ベース)。一方、四足ロボットなどの準直接駆動では、トルクを出す半径を大きく取れる外周ロータ型の扁平なモーターが多く使われてきた。どちらを選ぶかは、減速比をいくつにするかと一体の判断である。

実装・評価で見るべきポイント:同じ外径だけで比較せず、ロータ慣性、許容回転数、中空径、冷却面積、減速機込みの体積を確認する。形式の選択は、減速比の候補を三つほど決めたうえで、それぞれの組み合わせで関節全体の重さと反射慣性を計算して比較する。モーター単体の比較から入ると、減速機と組み合わせたときの最適解を見落とす。

第5章 フレームレスモーター

フレームレスモーターは、一般的なモーターの外筐体、軸、ベアリングを持たず、ステータとロータをキットとして関節構造へ直接組み込む。ロボットでは非常に重要な形態である。

メリットは部品重複を減らせることだ。モーター用ベアリングと関節用ベアリングを別々に持つ必要がなくなり、ハウジングも関節構造と共有できる。中空軸も作りやすく、減速機、エンコーダと同軸統合しやすい。

一方でOEM側の設計難度は上がる。同軸度、エアギャップ、ロータ固定、熱伝導、樹脂含浸、配線を自社で保証しなければならない。フレームレス化は「モーターを簡略化する」のではなく、モーター設計を関節設計へ取り込むことである。

フレームレスモーターの中にも作り方の違いがある。TQ-RoboDriveは、固定子を樹脂で固めて筐体に接着する高性能のILMシリーズと、樹脂で固めず筐体に焼きばめする価格重視のILM-Eシリーズを分けて用意している。固定子の外径は25mmから115mmまでそろう(発表ベース)。性能を取るか組立のしやすさと価格を取るかを、OEMが部位ごとに選べるようにしている。

ミネベアミツミも、回転型と直動型の双方のアクチュエータ向けにフレームレスモーターを用意し、出力トルク、外径、重量の制約に合わせてモーターを設計できるとしている。フレームレス化が進むほど、モーター企業は完成品を売る会社から、OEMの関節設計に合わせて電磁設計を請け負う会社へ近づいていく。

実装・評価で見るべきポイント:組付け後のエアギャップ偏心、ロータバランス、ステータ熱接触を管理する。カタログモーターより生産工程能力が性能ばらつきへ直結する。フレームレスモーターを採用するなら、固定子の固定方法(接着か焼きばめか)ごとに、交換の可否と手順を確認する。接着した固定子は現場で外せないことが多く、故障時は関節ごと交換になる。

第6章 トルク密度という最重要指標

トルク密度は、単位重量や単位体積あたりにどれだけトルクを出せるかを見る指標である。ヒューマノイドではロボット自身が自分のモーターを運ばなければならないため、特に重要になる。

脚のモーターを1kg軽くすれば、単に本体が1kg軽くなるだけではない。歩くたびに加減速する慣性が減り、必要エネルギーが下がり、上流の関節負荷も減る。これが全身設計の好循環を生む。

ただしピークトルク密度だけを追うと、冷却不足で連続性能が落ちることがある。重要なのは「連続トルク密度」と「システムトルク密度」である。減速機、ベアリング、ドライバ、冷却を加えた完成関節で評価する必要がある。

公表値から逆算すると、トルク密度の意味が具体的になる。UnitreeはH1の関節について最大トルク360Nm、ピークトルク密度189Nm/kgと公表している。単純に割れば、膝の関節1個の質量は約1.9kgになる。この1.9kgには減速機、軸受、エンコーダ、筐体が含まれており、モーター単体の値ではない。システムとしてのトルク密度で語られている数字だということだ。

そして、これはピークの値である。連続して出せるトルクは熱で決まり、一般にピークの数分の一にとどまる。同じ189Nm/kgでも、冷却の条件と使い方で、実際に仕事に使えるトルクは大きく変わる。

実装・評価で見るべきポイント:Nm/kgに加えてNm/L、W/kg、連続値、冷却条件をそろえる。メーカーの「最高トルク密度」は測定条件が違うため単純比較しない。トルク密度を比べるときは、分母の質量に何が含まれているかを確認し、減速機込みの値と込みでない値を別の列に分ける。混ぜて並べると、モーターの実力ではなく数え方の違いを比べることになる。

第7章 永久磁石とレアアース

高性能PMSMではNdFeB系の永久磁石が広く使われる。強い磁束を小さな体積で作れるため、トルク密度を高めやすい。高温環境では保磁力を確保するためDyやTbなどを利用する高耐熱磁石も選択肢になる。

ここには地政学的な問題がある。McKinseyは2026年分析で、中国が世界のレアアース採掘の約69%、磁石加工・精製能力の約90%を占めるとの業界データを引用している。ヒューマノイド量産が数百万台規模になれば、モーター磁石はサプライチェーン上の重要項目になる。

ただし「レアアースが多いほど高性能」ではない。磁石使用量を減らす磁気回路設計、重希土類を減らす製法、回収・リサイクル、代替材料も競争領域になる。

この地政学の問題は、2025年に現実のものになった。中国商務省は2025年4月4日、中重希土類7元素、すなわちサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムと、それらを含む永久磁石材料を輸出許可の対象にした。この規制は2026年9月時点でも続いている。ジスプロシウムとテルビウムは、まさに高温でも減磁しにくい磁石を作るために加える元素である。マッキンゼーによれば、イーロン・マスクは磁石の供給制約がOptimusの生産に影響したと公に述べている。

さらに中国は2025年10月9日、5元素の追加と、中国由来の原料を0.1%以上含む国外製品にまで許可を求める域外適用の規定を公表した。これは米中首脳会談を受けて2025年11月7日に停止されたが、停止期限は2026年11月10日である。停止は、米国がエンティティリストの規制対象を出資比率50%以上の関連会社へ広げる規則の適用を1年止めたことと対になっており、双方の期限はほぼ同じ時期にそろっている。2026年9月上旬の時点で中国商務省は延長の公告を出しておらず、延長の決定がなければ期限を過ぎた時点で規制は自動的に戻る(報道ベース)。中国商務省は2025年12月、大手磁石メーカーに複数回の出荷をまとめて認める一般許可を出し始めたとも報じられている。一方で、ジスプロシウムやテルビウムの個別の輸出許可には45営業日程度の審査期間がかかるとも伝えられる(いずれも報道ベース)。欧州議会の調査機関によれば、EUは希土類磁石の98%を中国から調達している。モーターの原価は、磁石の価格だけでなく、この規制の行方にも左右される。

許可制度の外側でも、供給は細っている。ロイターは2026年9月4日、一部の中国の希土類供給企業が8月上旬から米国企業への出荷を控えていると報じた。中国が米国のサプライチェーン監査団体RBA(Responsible Business Alliance)を制裁した後、その監査の枠組みに協力すれば北京から処罰されかねないと恐れたためだという。許可を6か月以上待っている米国企業もあるとされる。中国の2026年8月の希土類輸出は4,735トンで前年同月比18.2%減、1〜8月の累計も3万9,441トンと前年比11.1%減だった(中国税関統計、報道ベース)。規制の条文が変わらなくても、実際の出荷は政治の空気で動く。

実装・評価で見るべきポイント:磁石グレード、最高使用温度、不可逆減磁、表面処理、供給国、長期契約を確認する。モーターBOMは磁石価格変動の影響を受ける。磁石の調達では、重希土類を含むグレードかどうか、原料と加工がどの国で行われたかを、ロットごとに記録できる供給先を選ぶ。規制の対象が変わったとき、影響する機体と在庫をすぐに特定できる。

第8章 巻線、銅充填率、鉄心

ステータの溝へどれだけ効率良く銅を詰められるかは、トルク密度と銅損へ直接効く。TQ-RoboDriveは高いトルク密度の理由として、オルソサイクリック方式の単極巻線による極めて高い銅充填率と、構造への一体化および熱伝導性エポキシによるポッティングを挙げている。

しかし銅を詰めればよいわけではない。巻線抵抗、端部長、絶縁、含浸樹脂、製造ばらつき、熱膨張まで考える必要がある。高量産では自動巻線のしやすさがコストへ直結する。

鉄心は渦電流損とヒステリシス損を抑えるため薄い電磁鋼板を積層する。高速回転になるほど鉄損が増えるため、モーターと減速比の最適化が必要になる。

巻線そのものを作り替える試みもある。ノルウェーのAlva Industriesは、銅線を重い鉄心に巻く代わりに、導電性の繊維を固定子に編み込むFiberPrintingという独自の製法を持つ。鉄心がないため薄く軽く、コギングトルクもない。ナブテスコのコーポレートベンチャー、Nabtesco Technology Venturesは2026年7月、同社の約1,600万ユーロの資金調達に参加し、グループ会社のOVALOなどと小型アクチュエータで協業を探ると表明した。サムスンのベンチャー部門も出資している(発表ベース)。

減速機の大手がモーターの製法に投資したことの意味は大きい。関節の重さと大きさを決める二大部品のうち、減速機だけを持っていても関節全体の最適化はできない。巻線の技術が、減速機企業にとっても戦略的な対象になったということである。

実装・評価で見るべきポイント:銅充填率だけでなく、端部長、相抵抗ばらつき、絶縁耐圧、鉄損、含浸品質を量産検査する。新しい製法のモーターを評価するときは、試作品の性能より、量産時の相抵抗のばらつきと製造工程の歩留まりを確認する。性能が高くても、ばらつきが大きければ関節ごとの校正工数が増える。

第9章 FOCとインバータ

FOCはField Oriented Control、ベクトル制御である。三相電流を回転子磁界に対して最適な座標へ変換し、トルク成分と磁束成分を分離して制御する。ヒューマノイドの滑らかな力制御には極めて重要である。

インバータはDCバッテリーから三相交流を作る。MOSFETやGaNなどのパワー半導体、ゲートドライバ、電流センサー、MCUで構成される。関節へドライバを内蔵すれば配線を減らせるが、熱源が関節へ増える。

Infineonは2026年に、OptiMOSやCoolGaN、XENSIV電流・位置センサー、PSOC Control C3、AURIXを組み合わせたヒューマノイド向けモーター制御ポートフォリオを展開している。関節の小型化はパワー半導体の小型高効率化とも連動する。

Infineonの推計では、ヒューマノイド1台に載る半導体は約500ドル分にのぼる(2026年3月16日発表)。モーター制御はその一部にすぎないが、ヒューマノイドでは全身の数十関節にMOSFET/GaN、ゲートドライバ、電流・位置センサー、MCU、通信デバイスが分散する。中央のAIチップだけを見ていると、身体側に反復して載る半導体の市場を見落とす。

Infineonは、機能安全の入門資料シリーズ「FuSa in a Nutshell」の一つとして、2026年6月25日にヒューマノイドのモーター制御を扱う資料(AN1107)を公開している。ただし同シリーズは、同社自身が教育用であり制御ユニット開発の設計図として使うものではないと断っている。ヒューマノイドでは、一つの関節ドライバが暴走すれば人への衝突や転倒につながるため、過電流・位置異常・通信異常を検出して安全状態へ移す設計が必要になる。これは「高性能なFOC」がそのまま「安全なモーター制御」を意味しないことを示す。電流センサー、角度センサー、MCU、電源監視、通信監視を含めて故障モードを設計する必要がある。

結果として、将来のモータードライバは単なるインバータ基板ではなく、安全機能を持つJoint ECUに近づく。パワー半導体の効率、演算性能、センサー精度に加え、診断カバレッジ、冗長性、故障時の遮断時間、認証資料が競争項目になる。モーターのハードウェア編で安全を扱う理由は、電磁変換器と制御基板を切り離して評価できないからである。

インバータの小型化を引っ張っているのは窒化ガリウム(GaN)である。Infineonは2026年3月、ヒューマノイドの腕向けに硬貨ほどの大きさの1kW級GaNモーター駆動基板を示した。入力は30〜80V(標準48V)、出力電流20Arms、スイッチング周波数は最大100kHzで、電力密度は1立方インチあたり3.3kWに達するという。電流検出にはTMR方式のセンサーを使い、Arm Cortex-M33系のマイコンで制御する(発表ベース)。モーターの筐体の中へ直接収められる大きさで、放射ノイズと配線を減らせるとしている。

Texas Instrumentsも、GaNのパワー素子は100kHzを超えるPWM周波数を扱えるため、より正確なモーター制御ができると説明している。上海のG-Pulse Electronicsは、InfineonのCoolGaN、PSOC Control C3、磁気センサーを円形の小さな基板にまとめた48VのGaNサーボドライバを開発した。48Vは、損失と重さを抑えながら安全に扱える電圧として、ヒューマノイドの電源系で一般的になりつつある。

実装・評価で見るべきポイント:PWM周波数、電流リップル、デッドタイム、電流測定遅延、FOC帯域、EMCを見る。モーター単体が良くてもドライバが悪ければトルク波形は悪化する。GaNドライバを採用する場合は、スイッチング周波数を上げたときの放射ノイズを、周辺のエンコーダと通信線への影響まで含めて測る。電力密度が上がるほど、ノイズと熱の問題は関節の中の狭い範囲に集中する。

第10章 発熱――モーター性能の本当の壁

モーターは電気を100%機械仕事へ変換できない。銅損、鉄損、機械損が熱になる。関節を小型化するほど表面積が減り、発生した熱を外へ逃がしにくくなる。

特に銅損は電流の二乗で増えるため、ピークトルク域では急激に発熱する。数秒間なら巻線の熱容量で吸収できても、長時間運転では筐体、冷却風、液冷へ熱を逃がす必要がある。

TQ-RoboDriveは周囲温度が上がるほど連続トルク能力が下がることを明示している。夏の倉庫と空調された研究室では、同じモーターでも連続性能が違う。

インバータの損失も、関節の中では無視できない熱源になる。Infineonでロボティクスのアプリケーション管理を統括する担当者は、GaNの価値は小ささだけでなく熱の性能にもあると述べている(報道ベース)。スイッチング損失が小さければ、ドライバを関節に内蔵してもモーターの熱と合わせた温度上昇を抑えられる。

温度を測る仕組みも性能の一部である。TQ-RoboDriveは、ILMシリーズの固定子キットに温度センサーを標準で組み込んでいる。巻線の温度を直接測れれば、推定に頼るより限界の近くまで電流を流せる。測れなければ、安全のために余裕を大きく取るしかなく、その分だけ使えるトルクが減る。

実装・評価で見るべきポイント:室温25℃のスペックだけでなく、40℃前後の環境や密閉筐体でS1連続性能を測る。熱モデルは実機で校正する。熱の評価では、巻線の温度センサーの位置と、実際の最高温度点との差を一度は測って確かめる。センサーが最高温度点から離れていれば、読み取った値より巻線の一部は熱くなっている。

第11章 ピークトルクと連続トルク

ピークトルクは短時間出せる最大値、連続トルクは熱平衡に近い状態で出し続けられる値である。ロボット動画ではピークトルクが目立つが、工場で8時間働くには連続トルクの方が重要である。

ピークと連続の比はモーター、冷却、巻線温度限界によって変わる。大きな比率を持つモーターは瞬発力に優れる一方、ピークを頻繁に使えば温度が蓄積する。

ヒューマノイドのタスク計画もこの制約を理解する必要がある。重い箱を連続搬送する場合、AIは関節温度を監視し、作業速度、経路、休止を調整する必要がある。

制御の側では、この違いを電流の二乗と時間の積(I²t)で管理するのが一般的である。短時間なら大電流を許し、積算した熱量が上限に近づくと電流を絞る。問題は、この上限の設定が保守的すぎると機体の動きが鈍り、甘すぎると巻線や磁石を傷めることだ。上限は、実機での温度測定をもとに関節ごとに決める必要がある。

実装・評価で見るべきポイント:ピーク持続時間を必ず確認する。「最大120Nm」とだけ書かれた関節を、120Nmで連続利用できると解釈してはいけない。動作計画を作るときは、各関節の熱の余裕を残量として扱い、残量が少ない関節を使う作業を後回しにする仕組みを検討する。熱を理由にした急な出力制限は、作業の途中で機体を止める原因になる。

第12章 低慣性と応答性

モーターのロータ慣性が小さいほど、同じトルクで角加速度を高めやすい。急な姿勢修正や手先の高速動作では低慣性が有利である。UnitreeがG1のモーターで低慣性を強調する理由もここにある。

一方、減速機を介するとモーター慣性は減速比の二乗で出力側へ反映される。高減速比はトルクを増やすが、外力から見た関節を「重く」感じさせる要因になり得る。

そのためロボットの柔らかさはソフトウェアだけで作れない。モーター慣性、減速比、摩擦、トルクセンサーを含めた機械インピーダンスが重要である。

計算で見ると、減速比の影響の大きさがよく分かる。ロータの慣性が同じでも、減速比50なら出力側から見た慣性は2,500倍、減速比10なら100倍である。減速比を5分の1にすると、外から見た重さは25分の1になる。人と接する関節で低減速が好まれる理由は、この二乗の関係にある。その代わり、同じトルクを出すにはモーターを大きくしなければならない。

実装・評価で見るべきポイント:ステップ応答、トルク帯域、停止時間、外力応答を完成関節で測る。モーターの無負荷加速だけでは分からない。外力への応答を評価するときは、出力側から見た慣性を減速比の二乗で換算して関節ごとに一覧にする。同じモーターでも、減速比の違いで人との接触時の衝撃が大きく変わることを数字で確認できる。

第13章 エンコーダと位置検出

PMSMのFOCにはロータ角が必要である。磁気式、光学式、レゾルバなどのセンサーで位置を測る。小型関節では磁気式エンコーダが使いやすいが、磁石や大電流によるノイズへ注意が必要である。

さらに関節出力側にもエンコーダを置くデュアルエンコーダ構成がある。Unitree G1はデュアルエンコーダを採用している。モーター側と出力側を比較すれば、減速機の弾性、バックラッシュ、異常を推定しやすい。

将来的にはエンコーダは単なる位置センサーではなく、関節状態監視のセンサーになる。長期間の差分を追えば摩耗やガタの予兆を捉えられる。

ヒューマノイドでは、電源を入れた瞬間の位置の把握がとくに重要になる。策定中の安全規格ISO 25785-1が対象を電源を失うと不安定になりうるロボットと定義しているように、ヒューマノイドは電源投入の時点で倒れている途中かもしれないし、何かにもたれかかっているかもしれない。原点へ戻す動作をしないと位置が分からない方式では、起動のたびに危険な動作が必要になる。絶対位置を電源投入直後に読める方式が求められる理由である。

位置センサーと電流センサーでは、半導体企業の製品が使われる。Infineonは磁気式の角度センサーと電流センサーをXENSIVシリーズとして、モーター制御用マイコンと組み合わせて提案している。センサーとマイコンとパワー素子を同じ企業からそろえれば、ノイズと遅延の設計をまとめて詰めやすくなる。

実装・評価で見るべきポイント:分解能だけでなく絶対精度、遅延、更新周期、温度ドリフト、磁気耐性、電源投入時の絶対位置を確認する。起動手順の評価では、機体が座った姿勢、立った姿勢、転倒した姿勢のそれぞれで電源を入れ、位置を正しく読めるまでの時間を測る。この時間と、その間に関節がどう振る舞うかが、起動時の安全を決める。

第14章 モーター寿命は何で決まるのか

ブラシレスモーターはブラシ摩耗がないため長寿命だが、無限に使えるわけではない。典型的な寿命要因はベアリング、巻線絶縁、磁石の熱劣化、接着材、ケーブルである。

高温は多くの劣化を加速する。巻線絶縁は温度が高いほど寿命が短くなり、永久磁石も過熱すれば不可逆減磁が起こり得る。ベアリンググリースも熱と回転数の影響を受ける。

ヒューマノイドでは歩行振動と衝撃も加わる。モーター単体の寿命試験だけでは不十分で、減速機と一体化した関節の振動、軸荷重、温度で評価する必要がある。

絶縁の寿命には、温度が10℃上がると寿命がおよそ半分になるという経験則がある。巻線の温度を常に10℃低く保てれば、絶縁の寿命は倍に延びる計算である。冷却への投資は、性能だけでなく寿命の延長として回収できる。

軸受の寿命も、グリースと材料で大きく変わる。ミネベアミツミは、ヒューマノイド向けに独自のグリースと軸受鋼を使った薄肉の軸受や、静かで負荷容量の大きい軸受を用意している。モーターの寿命は、電磁設計の会社だけでなく、軸受と潤滑の会社の技術にも依存している。

実装・評価で見るべきポイント:寿命試験では温度ログを保存し、加速試験と実負荷プロファイルを対応づける。予防交換時期をデータから決められる設計が望ましい。寿命試験の報告書には、試験中の巻線温度の分布を必ず添付させる。同じ時間の試験でも、平均温度が10℃違えば、推定される寿命は倍半分変わる。

第15章 モーター配置と遠位慣性

ロボットの運動性能は、総重量だけでなく重量がどこにあるかで決まる。肩の近くに1kgある場合と手首に1kgある場合では、腕を振るために必要なトルクが大きく違う。

maxonがモーターを供給する韓国WIRoboticsのALLEXでは、腕7アクチュエータのうち5つを肩近くへ置き、遠位慣性を抑えている。ハンドでも指モーターを前腕へ逃がし、ワイヤで力を伝える設計が使われる。

これは「高トルク密度モーターを作る」ことと同じくらい重要である。重い部品を身体中心へ寄せれば、既存モーターでも運動性能を上げられる。

手の設計では、この考え方がさらに徹底される。マッキンゼーによれば、TeslaのOptimusは第3世代の手に50個のアクチュエータを積む。これを掌の中にすべて入れれば、腕の先端が重くなり、肩のモーターの負担が大きくなる。そこで駆動部の多くを前腕へ移し、腱で指を動かす。イーロン・マスクは2026年9月9日の発言で、手と前腕についてはサプライチェーンをゼロから作る必要があったと述べている(発言ベース)。

実装・評価で見るべきポイント:BOM表へ重量だけでなく重心位置を追加する。リンクごとの慣性モーメントを管理し、設計変更の影響を全身シミュレーションする。手の方式を比較するときは、手首より先の質量と、肩関節から見た腕全体の慣性を並べて示す。指の性能が同じなら、先端の軽い方式ほど肩のモーターを小さくでき、全身の熱と消費電力が下がる。

第16章 2026年の主要プレイヤー

UnitreeはG1、H1で自社の関節モーターを前面に出し、モーターと減速機を完成機へ最適化する垂直統合型である。低価格化と高トルク密度を同時に追う中国OEMの代表例といえる。

欧州ではTQ-RoboDriveがヒューマノイド、コボット、外骨格向けにフレームレスサーボキットを提供する。高銅充填率、熱伝導ポッティング、中空軸、低損失設計を差別化ポイントにしている。Schaefflerはモーター単品ではなく統合アクチュエータとして展開する。

半導体側ではInfineonがGaN、MOSFET、センサー、MCUを一体で提案する。モーター産業とパワー半導体産業の境界は今後さらに薄くなる。

TQ-RoboDriveのILMシリーズは、ドイツ航空宇宙センター(DLR)が開発した構造一体型の駆動技術に由来する。宇宙や軽量ロボットのために磨かれた技術が、ヒューマノイドに転用されている構図である。欧州の強みは、こうした研究機関発の高性能品にある。

供給網の地図も押さえておきたい。マッキンゼーによれば、中国は世界のモーター生産能力の約35%、パワーエレクトロニクスの約30%を持つ。GaN素子でも国をまたいだ争いが起きており、InfineonはGaN製品の特許を侵害したとして、中国の英諾賽科(Innoscience)の該当製品を米国市場から締め出す米国際貿易委員会の判断が2026年7月に確定したと発表している(発表ベース)。モーターの駆動回路の部品も、地政学と無縁ではない。

実装・評価で見るべきポイント:モーター企業を「磁気性能」だけで選ばず、量産巻線、ロータ組立、樹脂含浸、供給能力、カスタム対応、品質保証を見る。モーターの供給先を評価するときは、磁石、電磁鋼板、パワー素子の調達国を、モーター本体の生産国と分けて聞く。完成品の生産国だけを見ても、規制や係争の影響範囲は判断できない。

第17章 日本企業の商機

日本には小型モーター、精密軸受、磁性材料、電磁鋼板、巻線設備、パワー半導体、温度センサー、接着材料など、モーターを支える産業が厚い。ヒューマノイド専用OEMを持たなくても、多数の部品レイヤーで参入できる。

特に重要なのは「モーター単体」から「熱設計込みフレームレスキット」への進化である。OEMが求めているのは最高効率のモーターだけではなく、減速機、筐体、冷却と組み合わせたときの性能保証だからだ。

さらに量産設備にも商機がある。自動巻線、磁石挿入、着磁、接着、ロータバランス、EOL電気試験を一つのラインへ統合できれば、ヒューマノイドの大量生産を支える設備産業になる。

日本の強みがとくに生きるのは、磁石の重希土類を減らす技術である。高温で減磁しにくい磁石には従来ジスプロシウムやテルビウムを多く加えてきたが、日本の磁石メーカーは添加量を減らす製法で実績を積んできた。中国の輸出規制がこの二元素を直撃している以上、使用量を減らせる技術はそのまま供給の安全保障になる。

日本にとって、これは他人事ではない。米シンクタンクCSISは2026年5月の分析で、中国が2026年に日本に対しても希土類の輸出制限を用い、台湾をめぐる日本の姿勢を牽制したと指摘している(分析ベース)。重希土類を減らす技術は、日本企業にとって輸出の商機であると同時に、自国の供給を守る手段でもある。

加えて、ナブテスコのAlvaへの出資のように、日本企業が海外の新しいモーター技術を取り込む動きも出てきた。自社にない技術を持つ新興企業へ早く入り、量産の技術を提供する代わりに製品化の権利を得るという形は、日本の製造業が得意としてきた役割でもある。

実装・評価で見るべきポイント:部品会社はNm/kgだけでなく、量産時のばらつき、熱抵抗、騒音、振動までデータシート化する。OEMの評価工数を減らすこと自体が価値になる。磁石を含むモーターを提案するときは、重希土類の含有量と、それを減らした場合の最高使用温度の変化を併記する。規制の影響を受けにくい選択肢を示せること自体が、OEMにとって価値になる。

第18章 2030年――モーターはコモディティ化するか

2030年にヒューマノイド用モーターの単価は大きく下がる可能性がある。年間数十万〜数百万台の市場になれば、一台数十個という需要は巨大で、自動巻線、磁石、電磁鋼板、インバータの規模の経済が働く。

しかし完全なコモディティにはなりにくい。関節ごとに外径、長さ、中空径、電圧、回転数、熱経路が異なり、減速機と一体で最適化する必要があるからだ。標準サイズ系列は生まれても、最上位機ではカスタム電磁設計が残る。

勝者は「最強モーター」ではなく、モーター+パワー電子+熱+量産工程を標準プラットフォーム化した企業になる。日本企業が強みを持つ精密製造の価値は、むしろ量産段階で高まる可能性がある。

2030年を占ううえで、直近の節目は2026年11月10日である。中国が停止している追加の輸出規制がこの日に期限を迎え、延長されるのか、再び動き出すのかで、磁石の調達条件は大きく変わる。仮に規制が戻れば、日本や欧州で作ったモーターであっても、中国由来の磁石材料を一定以上含むだけで中国の許可が要る可能性がある。延長されたとしても、それは次の交渉期限までの猶予にすぎない。一方で、2025年4月からの規制は停止されておらず、重希土類を含む磁石の調達にはすでに許可が要る。モーターの原価予測は、この二つの規制の組み合わせを前提に組むしかない。

マッキンゼーは、OEMが量産の準備ができたサプライヤーを選ぶ条件として、自動化と品質管理に加えて、希土類を含む重要素材の確保を挙げている。2030年のモーター企業の競争力は、巻線と冷却の技術に、素材を確保する力が加わったものになる。

実装・評価で見るべきポイント:2030年を見据えるなら、単価低下だけでなく磁石供給、リサイクル、量産自動化、故障診断まで含めた事業モデルを構築する。2030年に向けた計画では、磁石の調達先ごとに、規制が強化された場合と緩和された場合の原価を並べておく。どちらに振れても事業が成り立つ設計かどうかを、早い段階で確かめられる。

5軸評価

【役割】★★★★★/電力を全身の運動へ変える最重要の基礎部品

【コスト比率】★★★☆☆/1台に数十個要るが、アクチュエータ原価に占める比率は10〜20%にとどまる

【技術難度】★★★★☆/方式自体は成熟しており、差は巻線・トルク密度・熱設計の作り込みで生まれる

【サプライチェーン】★★★★★/モーター本体は量産を借りられるが、磁石が中国の輸出規制の上に乗る

【日本企業の商機】★★★★★/磁石、電磁鋼板、軸受、製造設備、品質管理に強み

2026年9月11日時点の確認

本稿の表記について:公式発表、報道、第三者推計、将来計画を区別する。性能値は各社の測定条件に依存し、円換算は原則として1ドル=160円の概算である。

モーターのアクチュエータ原価比10〜20%、フレームレスBLDCを主流とする整理はマッキンゼーの2026年4月17日分析に基づく。Unitree H1のM107の寸法・トルク・トルク密度は同社公表値で、約1.9kgという値は公表トルクとトルク密度から本稿が単純計算したものである。TQ-RoboDriveの巻線・ポッティングに関する記述は同社製品資料に合わせた。

中国の2025年4月の中重希土類輸出許可制は継続中である。2025年10月の追加規制の一部は2026年11月10日まで停止されているため、その後に読む場合は中国商務省の最新公告を確認する必要がある。希土類をめぐる制度はモーター性能そのものとは別の外部条件であり、本稿では技術論と供給網リスクを分けて扱う。

Infineonの1kW級GaN駆動基板やヒューマノイド1台あたり半導体約500ドルは同社の発表・自社評価である。Nabtesco Technology VenturesによるAlva Industriesへの出資は公式発表で確認できる一方、調達総額は資料により1,550万ユーロと1,600万ユーロの表記差があるため、本文では幅を持って扱う。

結論

ヒューマノイド用モーターの競争は、単純な「何Nm出るか」の競争ではない。軽さ、連続トルク、効率、低慣性、熱、寿命を同時に満たし、減速機やインバータと一体化して初めて優れた関節になる。

2026年の技術を見ると、フレームレス化、高銅充填率、低損失パワー半導体、中空化、熱伝導設計が同時に進んでいる。モーターは成熟部品に見えて、ヒューマノイドという新しい用途によって再び最適化競争の中心へ戻ってきた。

2026年に見えてきたのは、モーターの競争が三つの層に分かれたことである。第一は電磁設計と巻線の層で、TQ-RoboDriveのような高性能品や、Alvaのような新しい製法が競う。第二はインバータの層で、GaNによって駆動回路がモーターの筐体に入る大きさになった。第三は素材の層で、磁石の調達が中国の輸出規制という外部条件に縛られている。

どの層でも、日本企業に役割がある。とくに素材の層では、重希土類を減らす技術と、調達の履歴を管理する品質管理の仕組みが、そのまま供給の安全保障として評価される時代に入った。

次回予告

第4回 ロボット関節の核心部品――波動歯車、サイクロイド、遊星減速機を比較する

主要公式リンク・参考リンク

出典対応表

【モーターのアクチュエータ原価比10〜20%、フレームレスBLDC主流・PMSMは高価、指のコアレスモーター】McKinsey(2026-04-17)/推計

【maxon・Kollmorgenの供給能力を需要が上回りつつある点】McKinsey(2026-04-17)/推計

【ヒューマノイド1台に約40個のサーボモーター、GaNで100kHz超のPWM】Texas Instruments(Electronic Design、2026-02)/発表ベース

【G1の内部ロータPMSM、デュアルエンコーダ】Unitree公式/発表ベース

【H1のM107(107×74mm、360Nm、189Nm/kg)】Unitree公式/発表ベース

【関節1個約1.9kg、銅損の計算例、反射慣性の計算例】本稿の計算

【TQ-RoboDriveの単極巻線・熱伝導性エポキシ・DLR由来・ILM/ILM-E・温度センサー標準装備】TQ公式/発表ベース

【中国の中重希土類7元素の輸出許可制(2025-04-04)】中国商務省公告第18号(各種解説資料)/公的発表

【2025年10月の追加規制と2026年11月10日までの停止】中国商務省公告第70号(China Briefing、CIRS等の解説)/公的発表

【一般許可の発給開始(2025年12月)、重希土類の個別許可の審査期間】報道ベース

【2026年9月上旬時点で延長の公告なし、延長がなければ自動復活、米国の関連会社規則停止との対応】Fastmarkets・East Asia Brief・Pillsbury(2025-11)/報道ベース・法律事務所解説

【EUの希土類磁石の98%を中国から調達】欧州議会調査機関/公的調査

【磁石供給の制約がOptimusの生産に影響したとのマスク発言】McKinsey(公開発言の引用)/発言ベース

【Alva IndustriesのFiberPrinting、Nabtesco Technology Venturesの出資】Nabtesco公式・Alva公式(2026-07)/発表ベース

【Infineonの1kW級GaN駆動基板(48V、20Arms、100kHz、3.3kW/in³)】Infineon技術ブログ(2026-03-05)/自社評価

【G-Pulseの48V GaNサーボドライバ】Infineon デザインパートナー情報/発表ベース

【Innoscience製品をめぐる米国際貿易委員会の判断】Infineon発表(2026-07-13)/発表ベース

【中国のモーター35%・パワエレ30%の生産能力】McKinsey(2026-04-17)/推計

【ALLEXの腕アクチュエータ配置と肩より下約5kg】maxon・WIRobotics公式/発表ベース

【手と前腕のサプライチェーンをゼロから構築したとのマスク発言】公開発言(2026-09-09)/発言ベース

【一部の中国供給企業による米国向け出荷の停止(8月上旬から)とRBA制裁、6か月超の許可待ち】ロイター(2026-09-04)/報道ベース

【2026年8月の希土類輸出4,735トン・前年同月比18.2%減、1〜8月3万9,441トン・11.1%減】中国税関統計(ロイター経由)/公的統計・報道ベース

【中国が2026年に日本にも輸出制限を用いたとの分析】CSIS(2026-05)/分析ベース

【Infineon AN1107の公開日(2026-06-25)とヒューマノイド向けモーター機能安全の対象】Infineon公式/発表ベース

【ヒューマノイド1台あたり半導体約500ドル】Infineon公式(2026-03-16)/同社推計

ハッシュタグ

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