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自分に嘘のない仕事は、自分がにじむ仕事になる。

「売れるものって、結局なにがちがうと思います?」

独立して自分でサービスを提供するようになって初めて、自分に値付けをするようになった。

本を書くようになって、初めて売上や部数を気にするようになった。

会社員のありがたみ、といえば大袈裟だが、それでも病院や施設に守られていたことの尊さを痛感することも出てきた。

そんなこんなで、向き合わなければいけなくなってきたのが「どうすれば数字や結果につながるのか」だ。

そんな答えのない難題に対して、ことあるごとにその道の先輩方に聞いているのが、冒頭の質問。

この問いに対し、個人的に憧れる形で結果を出し続けている人からは、(例えば本なら一瞬のバズではなく、永く書店で愛されるような)

面白いほどに同じ答えが返ってくる。だから、今日はそんな話を。


理学療法士の仕事をしていて、一番むずかしさを感じるのは、患者さんへの説明だ。

リハビリ中、わたしは割とメニューの目的や効果をロジカルに解説しながら進めるタイプだ。

ただ、残念ながら、どれだけわかりやすく説明しても、後には残らない。

本当は知識も含めて持ち帰ってほしいけれど、限られた時間では、わざわざ資料にまとめる余裕はない。

ことさら最近では、SNSやYouTubeなどにある偏った知識に振り回されている方も多い。そんなんだから、それも含めてちゃんとした知識を持ち帰って欲しい、と思わず思ってしまうことも増えた。

「ここぞのときに手渡せる一冊があればいいのに」とずっと思っていた。

そんなわたしが、高齢者ケアやリハビリ関連の本を書く機会をもらうようになった。

「こういう本が欲しかった」という実体験があるから、書くべきことはわかっている。


「長島さんは、本業が作家なんですか?」

むしろ、本業ってなんだろうか

と言われるくらい、(ありがたすぎるほどに)書籍が認知されてきている今日このごろ。

これはシリーズ2作目

正直、その事実が不思議でたまらなかった。SNSもまともにやっておらず、知名度なんてまるでゼロのセラピストが書いた書籍だ。

一体、なぜ売れているのか。

医療や介護、リハビリテーション界隈の書籍なんて、有名な先生方がごまんといる。無名のセラピストが書くより、説得力があるのは間違いない。

それなのに、選ばれることがある。そこには、一体なにがあるのだろう。
ずっとそれを考えていた。

それが、やっとわかってきたのだ。最近。

実は今月、シリーズ3作目となる「脳とこころ」をテーマにした書籍を出版させていただく。

ぜひ!

認知症やMCIといった、高齢化に伴うさまざまな脳やこころの変化に対して、その不安への向き合い方や、元気な時にやっておくといいことを解説したものだ。

これはまず、自分の両親に渡して熟読してもらうことを決めている。むしろ、2人のために書いたと言っても過言ではない。


そう、92歳と93歳。それぞれ高齢の母親を支える子どもが、他でもなくわたしの両親なのだ。

執筆中、祖母と両親とのやりとりにもどかしさを感じることが度々あった。祖母たち本人の不安を聞いていたら、それはなおさらだ。

書籍を熟読してくれている。

90歳を過ぎて、だんだん物忘れがひどくなり、最近は「自分が自分でなくなってしまうのが怖い」という気持ちが増えている2人。当事者になってみないとわからない大きな不安と恐怖だろう。

一方で、遠方から、仕事に家庭に…とない時間を使って祖母のケアにあたる両親の葛藤もある。

「自分の親」と思うと、どうしても認めたくない部分もあるのだろう。「しっかりしているはず」「しっかりしていて欲しい」という思いと、受け入れられない現状に、言い争いや不穏な空気が流れることも日常茶飯事だ。

いつもがんばっている祖母。

そんな両親との電話のやり取りでは、とにかく話を聞く側に回った。

そんな心境で「今、ばーちゃんたちの脳とこころはこんな変化が起きているからね」と説教くさく話しても、なんにもならないだろう。

だからこそ、その思いを本に込めてみたのだ。
(読んでもらわねばこまるのだ。)

本を書く。著者になる。売れる本を作る。

そうなると、自分をちょっとよく見せようとしたり、経験したことのないことまで、知識と参考文献での補強で書いてしまいそうになる。

もしかしたら、それはそれで必要な情報となるかもしれない。ただ、温度が通っていないことは、やっぱり読者に伝わってしまう。

AIの文章に飽き飽きしてしまうのも、こーゆー背景が一部あるのだとも思う。

そんなこんなで、本書を書き切って、たどり着いたことが一つある。

自分の仕事は、自分の大切な人に手渡せるものだけに絞ろう

という境地だ。

これは本の話だけではない。他のサービスでも、やっぱり目の前の1人に自信を持って勧められるものかどうかしかないのだろう。

何者でもないわたしにとっては、とくに。
いや、もし、何者かになれたとしても。

正直なところ、本書が鳴かず飛ばずだったらどうしよう、売れずに無風で終わったらどうしよう、とめちゃくちゃ不安になるのだけども。

それでも、まず両親に、そして祖母に読んでほしいと思えるところまでは書き切れた。それでだめなら、それまでだとも思える。(力不足!)

歳を重ねるごとに認知症という言葉がちらつき、少しずつできなくなることが増える恐怖や不安と戦っている高齢者本人と、それをまわりで支える愛のある人に手渡すなら。

間違いなく、わたしはこの一冊だと思っている。


さて、冒頭の質問にもどろう。

「なぜか売れるものって、結局なにがちがうと思います?」

信頼している人たちからの答えはこれだ。

「その人がやってきたことが、ちゃんとにじんでいるかだろうね。」

にじむという表現。なるほどな、と思う。故意的ににじませようとして、にじむものなんてない。

順番は真逆だ。やりつづけたこと、やってきたことを形にするという一番シンプルなものなのだ。

何者でもないわたしを信じて、仕事をするチャンスをくれる人がいるならば。わたしだからこそできる仕事を、し続けるしかない。

真っ赤になるほど修正を重ね、くじけまくった執筆のその先には、そんな気づきがあったのだから、これからも地道に頑張ろうと思う。

書き直した方が早くない?というレベル。

理学療法士としての視点や、独立後にキャリアを広げる途中で感じた「忘れたくないこと」や「学び」(たまに雑談)をnoteに書いています。「いいね」やフォローもぜひ、お願いします。

(9月17日発売予定のシリーズ3作目、Amazonご予約スタートしております!)



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長島佳歩|理学療法士 最後まで読んでくださりありがとうございます^^! チップはいりませんので、良いと思った記事は、ぜひシェアしていただけると大変喜びます笑 理学療法士として、体のこと、心のこと、高齢者介護のこと、はたまた趣味の海外のくらしのことなど、体験からの学びをシェアしていきますね^^