リノアは、なぜスコールを諦めなかったのか|その愛は、どこから始まったのか
前回の記事 なぜ、スコールは誰も信じなかったのか|その距離は、どこから始まったのか
はじめに|リノアの明るさの、裏側
リノアは明るい。
笑顔を絶やさない。声が大きい。前に出る。誰にでも話しかける。そのエネルギーは、物語の最初から最後まで変わらない。
スコールの冷たさと対比されることが多い。彼が閉じているから、彼女の開き方が際立つ。
でも——その明るさの裏側に何があったのかは、あまり語られない。
スコールの孤独は見えやすい。距離を取る態度。感情を出さない表情。話しかけられても最小限の言葉しか返さない、あの壁。彼の孤独は、形として見える。
でもリノアの孤独は、見えにくい。
明るさの中に隠れている。笑顔の下に沈んでいる。誰かといるときほど、その孤独は表に出てこない。
「え、リノアって孤独だったの?」という反応は、ある意味で正しい。彼女はちゃんと友達がいた。仲間がいた。笑っていた。それなのに孤独、というのは——直感に反する。
でも考えてみてほしい。学校でいちばん明るいグループにいた人間が、家に帰ってひとりで天井を見つめていた——なんて話は、珍しくない。むしろ、よくある。「あいつ、いつも楽しそうだったのに」と後から言われる人間が、実は誰よりも孤独だった、というのは——フィクションの話ではなく、現実でも起きている。
リノアも——そういう種類の人間だった可能性がある。
だからこそ——リノアという存在は、誤解されやすい。
「強い人間だから、スコールを諦めなかった」と思われやすい。「明るい性格だから、壁を越えられた」と思われやすい。
でも——本当にそうなのか。
リノアの愛は、強さから来たのではない。
その愛がどこから始まったのかを、今回は追う。
第1章|リノアはなぜ、引かなかったのか
リノアはスコールに拒絶された。
何度も。繰り返し。「関係ない」と言われた。冷たく切り捨てられた。距離を置かれた。壁を作られた。
それでも——引かなかった。
また近づいた。また話しかけた。また踏み込んだ。
普通に考えると、これは相当キツい。
「関係ない」と言われたらへこむ。「おまえには関係ない」と言われたらへこむ。距離を置かれたらへこむ。壁を作られたら——さすがに「あ、これ無理だな」ってなる。なりませんか。普通は、なる。
しかしリノアはならなかった。また近づく。また話しかける。「なんで!?」と画面の前で思った人も多いのではないか。スコールが冷たく突き放すたびに、リノアが「ね、ねえってば!」みたいな顔で追いかけていく。あの繰り返し。
あれを「元気な性格だから」「強いから」と片付けると——何も分からないまま終わる。
なぜか。
「強いから」という説明は、簡単だ。でもそれでは何も説明していない。強い人間は、なぜ強いのか。諦めない人間は、なぜ諦めないのか。
ここで、ひとつの問いを立てる。
リノアは本当に「諦めなかった」のか。
それとも——諦めることが、できなかったのか。
この違いは小さいようで、決定的だ。
「諦めない」は意志の話だ。「諦められない」は構造の話だ。
意志は、状況によって変わる。何度も傷つけば、意志は折れる。拒絶が続けば、「もういい」という気持ちが勝つ。それが普通の人間の反応だ。友人に「その人やめとき」と言われて、「そうだよね……」ってなる。あれが普通だ。
でも構造は、簡単には変わらない。感情がそこに向かうように組み上がっているなら——意志で止めようとしても、感情は向かい続ける。「やめよう」と思っているのに、気づいたら考えてしまう。気づいたら近づいてしまう。その種の感情は、意志では制御できない。
リノアは「諦めない」という意志で動いていたのではなく、「諦められない」という構造の中にいたのかもしれない。
なぜ彼女の感情は、スコールに向かい続けたのか。
その答えを見つけるためには——リノアという人間が、どこから来たのかを見なければならない。
第2章|彼女も"ズレ"を持っていた
リノアは孤独だった。
そう言うと、意外に思う人もいるかもしれない。明るくて、仲間がいて、行動力があって——どこが孤独なのか。
でも——孤独は、ひとりでいることではない。
誰かといるのに、届いていない感覚。それが孤独だ。
もう少し具体的に言えば——「笑っているのに、なぜか空虚」「仲間がいるのに、どこか置いてけぼり」「会話が弾んでいるのに、どこかで自分だけが別の場所にいる」——そういう感覚だ。
これを読んで「あ、それ知ってる」と思った人は——分かっている。その感覚は、ひとりの夜よりも、人がたくさんいる場所で起きる。パーティーの真ん中で、なぜか遠くなる感じ。あれが孤独の本質だ。
リノアの背景を見ると、その孤独の輪郭が見えてくる。
ガルバルディア軍の将校を父に持つ。でも父との関係は複雑で、理解し合えているとは言いがたい。組織の中に居場所を見つけようとして、抵抗運動に加わる。仲間と笑い合い、共に戦う。でも——どこかで「自分だけが違う」という感覚がある。
笑顔が多い。声が大きい。前に出る。でも——それは本当に「届いている」からなのか。
それとも——届いていないから、もっと大きく声を出そうとしているのか。
ここで重要なのは、リノアの明るさの「質」だ。
スコールの壁は、感情を閉じることで作られた。でもリノアの壁は、感情を全開にすることで作られていた可能性がある。「明るくしていれば、孤独は見えない」「笑っていれば、届いていないことに気づかれない」——そういう構造の上に、あの明るさがあったのかもしれない。
スコールの壁と、リノアの壁。形は正反対だ。でも——どちらも、内側に何かを抱えながら、それを守ろうとしている点では同じだ。
閉じることで守る。開くことで守る。方法は違う。でも守ろうとしているものの質は——似ている。
だからリノアには——スコールの壁の意味が、分かった。
言葉にはできなくても、感覚で知っていた。壁の向こうに、感情があることを。冷たさの裏側に、何かが溜まっていることを。
「あなたの冷たさの裏に、ちゃんと感情があるって知ってるよ」——リノアはそれを言葉にしていないが、行動として示し続けた。なぜなら——自分もそれを知っていたから。自分の明るさの裏にも、何かが溜まっていることを。
孤独を知っている人間は、孤独の形を見分けられる。
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ここまで読んで、もう気づいているはずだ。
リノアが引かなかったのは、強さではない。彼女もまた孤独を知っていたから——スコールの壁の意味が、感覚で分かっていたからだ。
では——なぜリノアの感情は、スコールに向かい続けられたのか。
拒絶されるたびに、感情は内側に向かいそうになる。傷つくたびに、壁を作りたくなる。それでも——彼女の感情は外側に向かい続けた。
その構造の正体を、この先で明らかにする。
そしてその構造が見えたとき——リノアという存在が、このシリーズ全体の中で果たしていた役割が、初めて見えてくる。
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