【第3話】「最近の旦那さんは飲み会を断るらしいよ」
以前、妻からこんなことを言われたことがある。
「最近の旦那さんは、飲み会を断るらしいよ」
そして、
そのあとに続いた言葉。
「当たり前よね」
当時の私は、深く考えずに「そうなんだ」と返した。
私は、飲み会に誘われれば基本的に参加していた。仕事の付き合いもあったし、誘ってもらったのに断るのは悪いと思っていたからだ。
一次会だけで帰るつもりが、二次会まで行くこともあった。
妻が妊娠中で、家に一人でいることも分かっていた。だから、まったく後ろめたさがなかったわけではない。
「今日は行っても大丈夫かな」
「本当は家にいたほうがいいんじゃないか」
そう考えることはあった。
それでも、
「仕事の付き合いだから」
「断るのも悪いから」
「たまには仕方ないから」
と自分を納得させて、参加していた。二次会に行けば帰りは遅くなる。
連絡を入れたほうがいいと思いながら、その場の空気や付き合いを優先して、帰るタイミングを延ばしていた。
妻のことが頭から消えていたわけではない。申し訳ないと思いながら、それでも行っていた。
だから妻から、
「最近の旦那さんは飲み会を断るらしいよ」
と言われたとき、本当は少し引っかかった。
「俺のことを言っているのかな」
そう思わなかったわけではない。
でも、そこから先は考えなかった。考え始めれば、妻が妊娠中でも飲み会に行き、二次会まで参加していた自分を説明しなければならない。後ろめたさを感じながらも、行動を変えなかったことにも向き合う必要がある。
深く考えないほうが楽だったのだと思う。
だから、「そうなんだ」で終わらせた。
今の自分なら、少し違う聞き方をする。
「それって、どういう意味?」
と。
妻が本当に何を伝えたかったのかは、今でも分からない。ただの世間話だったのかもしれないし、周囲の夫婦の話をしただけかもしれない。あるいは、私に何かを考えてほしかったのかもしれない。
そこは本人に聞かなければ分からない。だから、勝手に答えを決めるつもりはない。
ただ、今になって振り返ると、私はいつも自分側の事情を中心に考えていた。
「自分が行きたいかどうか」
「仕事の付き合いとして必要かどうか」
「断ったらどう思われるか」
妻がどう感じるかも考えてはいた。けれど、考えたうえで行っていた。
そこが、今になって一番重く感じるところかもしれない。
「仕事だから仕方ない」
「付き合いだから仕方ない」
「みんな行くから」
「悪いとは思っているけれど、断れない」
そうやって、自分の行動を説明することはできた。
でも、後ろめたさを感じたからといって、行くのをやめたわけではない。申し訳ないと思いながら、二次会にも行った。帰宅してから妻の様子を見て、「やっぱり行かないほうがよかったかな」と思うこともあった。
それでも、次に誘われればまた行った。
今振り返ると、私は「悪いとは思っている」と感じることで、十分に反省しているつもりになっていたのかもしれない。
けれど、気持ちがあることと、行動を変えることは別だ。
妻から見たら、どうだったのだろう。
妊娠中の妻を家に残して飲み会に行く。しかも二次会まで行く。後ろめたさを感じているのに、それでも行く。
そんな夫を見て、何を思っていたのか。
今となっては分からない。
ただ、私は妻の立場から自分を見ることを、十分にはしていなかった。
「悪いとは思うけれど、仕方ない」と思っていることは、なかなか変えられない。むしろ、後ろめたさがあることで、「自分は妻の気持ちを分かっている」と思い込み、行動を変えないまま自分を許してしまうこともある。
私は長い間、自分の中の「仕方ない」を疑わなかった。
その中には、仕事や付き合い、自分の予定、自分の時間が大きく入っていた。
家庭も大切だった。家族を大切にしているつもりだった。妻に申し訳ないと思う気持ちもあった。
だからこそ、自分では矛盾に気づかなかった。
家族を大切にしていると思いながら、後ろめたさを抱えたまま自分の予定を優先する。
「家族を大切にする」という気持ちと、「家族を優先して行動する」ということは同じではなかった。
申し訳ないと思うことと、相手を安心させる行動をすることも同じではなかった。
妻があの言葉を言ったとき、私は聞き返してもよかった。
「それって、俺にもそうしてほしいってこと?」
そう聞いていれば、何かが変わっていたのだろうか。
もちろん、今となっては分からない。過去に戻ることもできない。
だから、これは後悔というより、自分への問いとして残っている。
あのとき私は、妻の言葉の表面だけを聞いていた。その奥に何があるのかを、考えようとしなかった。
本当は、飲み会に行くことが完全に正しいとは思っていなかった。それでも行き、行ったあとに申し訳ないと思いながら、また次も行った。
その繰り返しだった。
そして、それは飲み会だけの話ではなかった。
妻から何かを言われたとき、私はまず、
「自分はどうするか」
「自分にはできるか」
「自分の予定はどうか」
「仕事は大丈夫か」
を考えていた。
家庭のことを考えるのは、そのあとだった。
もしかすると、
私が見直すべきだったのは、飲み会の回数だけではなかったのかもしれない。
後ろめたさを感じたときに、「悪いと思っているから大丈夫」で終わらせず、「では、どう行動を変えるのか」まで考えることだった。
何かを決めるとき、私は誰を最初に考えていたのか。
20年近く夫婦をやってきた今になって、私はそこから考え直している。
****************************
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このnoteでは、20年近く続いた自分の結婚生活を、今になって一つずつ振り返っていきます。
まだ答えは出ていません。
夫婦関係がどうなるのかも、分かりません。
それでも、自分自身と向き合った記録を、ここに残していこうと思います。
もしよければ、これからも見守っていただけるとうれしいです。
「読んでよかった」と思っていただけたら、スキやフォローで応援していただけると励みになります。
一緒に、この先を見届けてもらえたらうれしいです。
****************************
