カシスウーロンはどこから来たのか-日本独自のカクテルとウーロン茶ブームの関係-
こんにちは。西麻布のBar Amberでバーテンダーをしている伊藤です。
先日、フランス出張に同行させてもらいました。

一生の思い出です。
現地は40度を超える猛暑で、暑いのなんの。恥ずかしながら存じ上げなかったのですが、ヨーロッパでは日本ほど冷房が普及していない場所も多く、屋内に入っても基本的にクーラーなし。
汗だくになりながらカクテルをつくらせてもらったことも、今となっては良い思い出です。
さて、今回の出張におけるビッグイベントの一つが、フランス・ディジョンにあるLEJAY-LAGOUTE社のカシスリキュール工場の見学でした。
工場を見学しながら、カシスリキュールを使ったカクテルについて、あれこれと頭を巡らせていました。
そこで思い浮かんだのが、居酒屋でもおなじみの「カシスウーロン」です。
どうやらこのカクテル、日本で生まれ、日本で独自に定着した飲み物らしいのです。
そこで今回は、カシスウーロンについて調べたことを、つらつらと書いていきたいと思います。
まだ深掘りできる部分も多々あると思いますが、そうこうしているうちに筆が進まなくなってしまいそうなので、ひとまず現時点で分かったことをここに記します。どうかご容赦ください。
そもそも、カシスウーロンとは何者なのか
ご存じのとおり、カシスウーロンとは、カシスリキュールをウーロン茶で割ったカクテルです。
日本のリキュール文化について最も詳細に記した書籍の一つであろう、福西英三氏の『リキュールの世界』では、冒頭からカシスウーロンが次のように紹介されています。
いま、わが国の居酒屋やバーで、若い世代の人たちに人気のあるのが、(カシス・ウーロン)
というカクテル。クレーム・ド・カシスという赤いリキュールを、烏龍茶で割る、というのがそのレシピ。曖色系の色合い、フルーティな味わい、抑えられたアルコール度数、シンプルなネーミングなど、どの面から見ても、ライト感覚好みのいまの若い世代の嗜好に合っている。
シングル・ウーマンのなかには、酒屋さんで材料を買い求め、自宅で(カシス・ウーロン)を楽しんでいる人が、結構いるらしい。
さらに同書によれば、ある洋酒会社が1999年にクラブ・ディスコの利用者を対象に行った「よく飲むカクテル」のランキングで、カシスウーロンは第9位に入っています。

同時代に出版されたほかの書籍でも、カシスウーロンは「流行のカクテル」として紹介されていました。
1990年代後半から2000年代にかけて、カシス系のカクテルは、私が想像していた以上に流行していたようです。
カシスウーロンは、いつ、どこで生まれたのか
そうなると気になるのが、
「カシスウーロンは、いつ、どこで生まれたのか」
ということです。
調べているうちに、興味深い記事を見つけました。

この記事によると、カシスウーロンは1997年の秋頃から流行し始めたとされています。
また、横浜・新山下にあった「クロスロード」というバーのエリコさんが、お酒をあまり飲めない女性客にもお酒の楽しさを味わってもらうためにつくったオリジナルカクテルが、カシスウーロンだったと紹介されています。
(この「クロスロード」というバーは、調べたところ現在も営業しているとのこと。一度足を運んでみたいところです…!)
同記事で取材されているレゲエバー「YO-MARC」によれば、当時はカシスウーロンにラムを加えたものが、アルコール度数を感じさせずに酔わせる“最新のキラードリンク”として流行していたとも紹介されています。
一方、バーで先輩方に話を伺うなかでは、「新宿二丁目起源説」というものも耳にしました。
こちらは、すでに亡くなられた著名なリキュール研究家の方が提唱されていた説だそうです。
現時点では発祥を一つに断定することは難しいものの、少なくともカシスウーロンが広く流行したのは、1990年代頃と考えてよさそうです。
なぜ「リキュールのウーロン茶割り」が流行したのか
この時代の日本では、リキュールをウーロン茶で割ったカクテルが、カシスウーロン以外にもいくつか生まれています。
代表的なものとしては、1981年に「サントリー烏龍茶」が発売された際、福西英三氏と花崎一夫氏が共同でレシピを開発したとされる「照葉樹林」があります。
また、1990年前後に仙台で誕生したとされる「ピーチウーロン」、いわゆる「レゲエパンチ」も挙げられます。
リキュールをウーロン茶で割るという構成が、当時の日本人の嗜好や飲酒文化にうまく合っていたのでしょう。
しかし、ここで一つ疑問が生まれます。
リキュールをウーロン茶で割るだけのシンプルな飲み物が、なぜほかの国では同じように流行しなかったのでしょうか。
そもそもウーロン茶は、中国の飲み物です。
それなのに、なぜカシスウーロンは日本で生まれ、日本でこれほど定着したのでしょうか。
その理由を考えるうえで重要なのが、缶やペットボトルに入った、冷たい無糖の「ウーロン茶」という商品の存在です。
これは中国茶をもとにしながら、日本で独自に発展した、極めて日本的な素材だったのです。
日本におけるウーロン茶の流行
日本でウーロン茶が流行するきっかけの一つとなったのは、1979年、当時人気絶頂だったピンク・レディーが美容のために愛飲しているとマスコミで取り上げられたことだとされています。
これをきっかけに、日本におけるウーロン茶の年間輸入量は、約2トンから約280トンへと急増しました。
1980年には伊藤園が世界初とされる缶入りの無糖ウーロン茶飲料を地域限定で発売し、翌1981年に全国へ販路を広げました。
同じ1981年には、サントリーからも缶入りの「サントリー烏龍茶」が発売されます。
さらに1982年には、清涼飲料水用のPET容器に関する規格が整備され、その後、容器入りのウーロン茶は徐々に日常の飲み物として普及していきました。
ちょうどこの頃、巷ではウイスキーをお茶や麦茶で割って飲むことが人気を集めていました。
そこへ登場した新しい素材が、ウーロン茶です。
サントリーは「健康」や「美容」といったイメージと結びつけながら、まず夜の店で働く女性たちに対象を絞ってウーロン茶を売り込んだと、同社の社史には記されています。
ちょうどこの頃、巷でウイスキーをお茶や麦茶で割るのが人気を呼んでおり、そこへウーロン茶という新しい素材と、「ダイエットにいい」という効能をセールスポイントに、関係者たちはまず夜のお店に勤める女性にターゲットを絞った。お客様相手のウイスキーの合間に、ウーロン茶を飲めば体にもいいし、一見しただけではウイスキーを飲んでいるようでもある。それに壊せる効果もありますよ、と売り込むわけだ。実際、飲んでみると今までのお茶よりおいしいし、飲み飽きない。目論見は見事に当たったのである。
ウーロン茶はおいしいという発見と、健康にいいという効能は、彼女たちから客にも伝わった。水割りの代わりに、ウーロン茶割りが飲まれるようになり、さらには客たちの口を通じて世間に体にいいウーロン茶の評判は広がり、ついには老若男女の日常の飲料にまでなっていったのである。
こうしてサントリーのウーロン茶は、活発な広告、営業活動と相まって、年とともに売り上げを伸ばし続け、一九九八年度には販売数量約四千九百万ケースを数えるまでになる。全日本人が、年に十本は飲んでいる勘定だ。
単一ブランドとして、サントリーの全商品中最大の数量を誇る。
夜の店で働く女性たちにとって、ウーロン茶は健康的なイメージを持ちながら、見た目はウイスキーの水割りにも似ている飲み物でした。
それがお客様にも伝わり、ウイスキーや焼酎のウーロン茶割りとして広がり、やがて酒場だけでなく、家庭でも飲まれる日常的な飲料となっていきました。
伊藤園が缶入りウーロン茶という市場を開き、サントリーが強力な営業力と広告活動によって市場を拡大した、と整理できるでしょう。
当時の茶割りブームと結びついたことも、サントリー烏龍茶がトップブランドへ成長した大きな要因だったと考えられます。
また、中国では伝統的に温かい茶を飲むことが中心で、冷たい無糖茶を容器に入れて日常的に飲むスタイルは、当時まだ一般的ではありませんでした。
日本で発展した冷たい容器入りウーロン茶が、のちに中国へ逆輸出されていったというのも興味深い話です。

サントリー株式会社(1999年)『日々新たに サントリー百年誌』
カシスリキュールの輸入開始
一方、カシスリキュールが日本で広く知られるようになるのは、ウーロン茶飲料の登場より少し後のことです。
LEJAYの工場見学については、鹿山さんの記事をぜひご覧ください。
私が調べた範囲では、LEJAYのカシスリキュールがいつ日本へ輸入され始めたのかを示す資料を見つけることができませんでした。
そこで、LEJAY-LAGOUTE社のオリビエ氏に直接問い合わせたところ、サントリーとの最初の接触は1980年で、最初のボトルが日本に到着したのは1983年との回答をいただきました。
現在、LEJAY-LAGOUTE社はフランスの酒類企業ラ・マルティニケーズ・バルディネ社の傘下にあります。
一方で、サントリーは2005年にLEJAY-LAGOUTE社へ出資し、35%の持分を取得したとされています。
さらに、工場で伺った話によれば、LEJAY製品の総生産量のうち、約6割が日本向けに出荷されているとのこと。
私自身、この割合には非常に驚きました。
日本限定の商品も数多く存在しており、LEJAYと日本市場が特別な関係を築いてきたことが分かります。
ウーロン茶とカシスが出会った時代
こうして日本では、1980年代から1990年代にかけて、冷たい無糖のウーロン茶が日常的な飲み物として定着していきました。
同時に、カクテルの世界では、甘くフルーティーで、アルコール度数を強く感じさせないロングドリンクが人気を集めます。
そこへ登場したのが、カシスリキュールでした。
カシスオレンジ、カシスソーダ、そしてカシスウーロン。
カシスリキュールは、ジュースや炭酸飲料、そして日本独自の飲料文化として発展したウーロン茶と結びつくことで、爆発的な人気を得ていきます。
1990年代のさまざまな記事や書籍で、カシスは最も人気のあるリキュールの一つとして取り上げられています。
カシスウーロンが日本で生まれた背景には、単に「カシスとウーロン茶の相性が良かった」というだけではなく、
* 冷たい無糖茶飲料の普及
* 酒場におけるウーロン茶割りの定着
* 女性や若者を中心とした、低アルコールでフルーティーな酒への需要
* カシスリキュールの輸入と販路の拡大
といった、1980年代から1990年代の日本独自の事情が重なっていたのではないでしょうか。
カシスウーロンは、フランスのリキュールと中国に起源を持つ茶が、日本の酒場文化のなかで出会って生まれたカクテルなのです。
(個人的に興味深いのはカシスウーロン、カシスソーダ、カシスオレンジは多くの本で「カクテル」として紹介されているにも関わらず、カクテルブックでは一切触れられていないこと。)
おわりに
さて、記事のなかで紹介した、ラム入りのカシスウーロン。
これが、めちゃくちゃおいしいのです。
合わせるラムは、手に入りやすいすっきりとしたタイプもよいのですが、個人的には、少し癖のあるフランス式のラムや、熟した果実を思わせるような香りを持つダークラムが、とりわけ相性がよいと感じます。
使うラムによって、カクテルの印象は大きく変わります。
ぜひバーで試していただきたい一杯です。
どのラムが合うのか、バーテンダーと話しながら探してみるのも面白いかもしれません。
私の好みの割合は、
ラム1:カシスリキュール1:ウーロン茶6
です。
ラム、カシス、ウーロン茶。すべての材料の味わいが、ちょうどよく調和するバランスだと感じています。
次回は次回は、フランス・ディジョンで生まれたカシスリキュールそのものの歴史について書こうと思います。
それでは西麻布Bar Amberにて。
お待ち申し上げております。
