書きあぐねる作家の髙橋P.モンゴメリーはタイムマシン商会の事務所を作った。とはいえ自宅二階である。物置部屋にいる僕はなんとなく私立探偵になった気分だ。
書きあぐねる作家の髙橋P.モンゴメリーは、タイムマシン商会の事務所を作った。
などと書くと、少し格好がつく。
古いビルの二階に、小さな看板でも掲げたような気がする。曇りガラスの扉があり、木製の机があり、依頼人が階段を上がってきて、控えめにノックをする。
「どうぞ」
僕は珈琲を片手に、そんなことを言ってみたい。
けれど現実のタイムマシン商会の事務所は、自宅の二階である。しかも、もともとは物置部屋だった。
読み終えた本、読み終えていない本、いつか使うかもしれない紙袋、用途不明のケーブル。そういうものたちが、それぞれの事情を抱えながら居座っていた部屋である。
人間にも事情があるように、物にも事情がある。
だから、なかなか捨てられない。
その部屋に、家にあるありとあらゆるテーブルを運び込んだ。食卓で使わなくなった小さなテーブル。折りたたみの机。どこかの部屋で半端に余っていた台。
高さも色も違う。統一感はない。
けれど、タイムマシン商会には、ぴかぴかの新品デスクよりも、こういう寄せ集めのテーブルのほうが似合う気がした。
商品撮影用には、白いシーツを用意した。
撮影スタジオではない。背景紙でもない。家にあった白いシーツである。それをテーブルにかけると、急にそこだけが撮影場所になった。
しわはある。生活感もある。
けれど、その上に古い雑貨や小さな原画を置くと、不思議と物が少しよそゆきの顔をする。
空気清浄機も置いた。
物置部屋には、段ボールの匂い、古い紙の匂い、動かしていなかった家具の匂いがある。それも嫌いではない。むしろタイムマシン商会には似合っている。
それでも、ここは誰かのもとへ送り出すものを置く場所である。
空気清浄機は、部屋をきれいにするというより、「ちゃんとやります」という小さな宣言のように見えた。
それから、ハンドメイド作品を運び込んだ。
万年筆で描いた原画、額に入れた絵、まだ値段をつけるか迷っているもの。古着もある。ギターも販売予定である。
僕は一時間ほど、階段を上ったり下りたりした。
額縁を置き、古着をたたみ、ギターの置き場所を考え、白いシーツの上に商品を並べる。
気づけば、汗だくだった。
ただの物置部屋を片づけているだけなのに、なぜか少し嬉しかった。
部屋が、だんだん自分の事務所になっていく。
そしてその事務所の感じが、どこか私立探偵の部屋みたいなのだ。
古いものが並び、机があり、珈琲があり、窓から外の光が少しだけ入ってくる。
事件はまだ起きていない。
依頼人も来ていない。
電話も鳴らない。
けれど僕は、その部屋に立っているだけで、なんとなく物語の中に入ったような気分になった。
タイムマシン商会は、ただ古いものを売る場所ではない。
僕の表現を置いておく商会でもある。
万年筆で描いた原画も、古着も、ギターも、古い雑貨も、どこかに僕の好きなものや、僕の時間や、僕の感覚が混じっている。
だから、これはただの出品作業ではない。
僕の表現を、誰かに手渡すための準備なのだと思う。
そして、少し現実的なことを言えば、それをお金に換える場所でもある。
表現というものは、きれいごとだけでは続かない。紙がいる。ペンがいる。額縁がいる。珈琲だって飲みたい。
だからタイムマシン商会は、僕の表現をお金に換える魔法の箱でもある。
自宅二階の物置部屋。
けれど僕にとっては、少しだけ胸を張れる、自分の事務所である。
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