さあ、始めよう——
さめない社交を一緒にやってるシャーク鮫くんとすべての価値判断において一致しているかといえば当然そんなことはないし、たぶんお互いに「ここは触れんとこ」と付かず離れずの社交の知恵をはたらかせている。これはそのほうがよくて、たとえば僕のことが苦手な人でもシャーク鮫くんに会いに来ることができるし、シャーク鮫くんが怖いひとでも(名前が鮫だし)柿内とは話してみたいと思って来てくれるかもしれない。そういう振れ幅はとっておきたい。なんなら二人ともに興味なくても全然いい。
でも、企画をどんな人がやっているのか、というのはかなり大事だ。自分がのれない思想をもったひとの動員に貢献するのってかなり嫌なことだから。
じゃあ、僕とシャーク鮫くんが共有している考えってどんなだろうか。すくなくともここは一致しているかなー、と思えることがひとつある。なに、そんな大したことではない。世界平和を目指している。
うん。
うん、そうだよね。まあ聞いてよ。
個人のできることはたかが知れているけれど、二十人くらいのささやかな社交が、摩擦や違和感を抱え持ちながらも、とりあえずその場に関してはお互いに気を遣って、親切にして、楽しい場をつくることができたら。その場所には、来て欲しい未来が先んじて到来している。
自分は人に親切にできるという手応え。勇気を出しておしゃべりを試みて、それがたとえうまくいかなかったとしても残る自分は勇気を出すことができたという手応え。そういう具体的な感触を得ることができたら、その人はそうありたい世界を体現している。
大袈裟だろうか。そうかもね。でも、自分のしょぼい足許からコツコツ地味な実践を続けていくほうが気分いいじゃんね、と僕は真剣に考えているし、シャーク鮫くんもだいたいそうなんじゃないかと信頼しているからこそ一緒にやりたいと思ったわけだ。
さめない社交に来るとき、柿内とシャーク鮫くんになーんにも興味なくても全然いい。でも、このようなささやかな理想については心に留めておいて欲しい。ほんとに、これはまったく大袈裟なことではない。歯の浮くようなおべんちゃらの世界、狎れ合いと同調圧力の世界でもある社交場は、つかのま理想家になれる場所でもありえる。欺瞞、偽善、けっこうじゃないか。嘘でもなんでも親切に振る舞えればあなたは立派な社交人。そういう人が集まればこんな平和な時間があり得るんだね、というのをやっていきたい。優しくて親切なフィクションをたくさん作って纏っていこう。
とまあ新年早々恥ずかしげもなく書き散らかしてきましたが、本年一回目の社交はもう来週に迫っています。ぜひ来てくださいね。



で、社交をやるぞといいつつ、基本は会いに来てくれと言っているわけです。でも、ほんとうに人に会いたい人って、子育てや労働など、あれこれの都合で遠出するのが難しい状況にあって、会いたくても会いに行けないよということも多いんじゃないかと想像するんです。
というわけで、社交の出前も始めます。

ご都合いい日にちに、われわれのほうから近くまで出向きます。
謝礼とかはまだなんも考えていない。場所代や準備をできる範囲で手伝ってもらうとか、共同ホストとかになっても楽しいし、もちろんお客さんがやりたいから軽く一杯おごるよとかでもいい。このへんは時と場所と条件によって相談しながら決めていきましょう。
「ほんの数分そのへんでひっそりお茶したい」から「でっかい会場貸切って盛大にやりたい」まで。やりたいことあったら相談から始めましょう。
柿内かシャーク鮫くんまで、何らかの方法で連絡ください。窓口とか設けません。連絡先はすこし調べたらどっかにあるし、SNSのDМとかでもオーケー。出前の注文の時点で社交は始まっている。好きなように試してみてくれ。こっちも、テンパりながら全力を尽くします。
それか、僕ら抜きで勝手に社交を開催しちゃってくれ! いい場所、いい時間、みんなで増やしてこ!
