日々の思考の発散(1/12)
こんばんは。Amelie(アメリー)です。
今日も日々の思考の発散をつらつらと書いていきます。
昨日、積極的分離理論シリーズの第4弾である「積極的分離理論の解析 〜思考の方向性〜」を公開いたしました。
もう一つ、積極的分離理論シリーズの記事も下書きにありますが、こちらはまだ時間がかかりそうです。
少しずつ、執筆を進めていきます。
10月下旬に発作を起こした後、病院にも行かずにずっと放置していたのですが、1月は定期検査があったことを思い出して、病院に行こうかどうしようか悩んでいます。
今後も生きていくのであれば、貧血改善や水分・塩分管理、心肺機能を落とさないように軽い運動をしていくべきなのでしょうけど。
奨学金は完済しておきたいし、仕事もあるから、定期検査も受けて、これ以上悪化しないように対策もした方がいいのは分かっているんですけどね。
フリーランスになってからは、自分のペースで仕事を調整できるようになり、会社員時代よりも心身ともに負荷は減っているので、今はまだ何とかなっています。
ありがたいことに契約社数やプロジェクト数も増えて稼働も安定しているし、1月になってから新しいご相談もいただいているので、今後どうしていくのか、身の振り方を考えていきます。
虐殺器官のウィリアムズの台詞で、「自分でうまいことケリをつけるしかない。神様を信じていない以上、カルマだとか赦しだとかいう言葉で酔ってるわけにもいかんだろ」とあるんです。
「地獄は頭の中にある」と言ったアレックスの台詞も。ちなみに、アレックスは小説と映画では設定が異なります。
私自身、神道や般若心経について調べたりしてはいましたが、特定の神様を信仰しているわけではないし、懺悔するような神様もいません。
そう、これは自分の問題。
いつからだったかな。自分の身体には確実に刻限があることを意識して生きるようになったのは。
人生100年時代と言われていますが、100年の中で自分の人生のピークをいつにもっていくか、下積みと準備期間を何歳までに終わらせて、何歳から実戦に移行するか、ピークを過ぎて少しずつ下降していく時期をどう過ごすかとか、具体的に考えている人はどのくらい居るのでしょうか。
交通事故や病気等、予期せぬ死もあるでしょうが、人はいつか死ぬという漠然とした死ではなく、自分が確実に死ぬことが分かっている。その中でどうやって生きていきますか?
焦燥感に駆られて生き急いでいた10代~20代前半。
何をしても、結局は今死ぬのか、後で死ぬのかの違いで、DEAD or DEAD。その間を生きているだけ。
今、身体を動かさなければ死ぬし、今、身体を動かすように駆動すれば、刻限は迫ってくる。そんな仕組み。
そういうもので、ここまで生き延びてきただけで十分だとも思う。まだ何かあるのでしょうか。
今後も同じフラクタルを持って生まれてきた人たちが生きやすくなるようにできる限り、情報を残していこうと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
良い夜をお過ごしくださいませ。
