日々の思考の発散(8/21)
こんばんは。Amelie(アメリー)です。
今日も日々の思考の発散をつらつらと書いていきます。
本日は、「noteを書く時の意識と感覚」について書こうと思います。私は noteでは、文章を書いているように見えて、文章を書くという意識下で記事を書いていません。
noteでは、
真 っ 白 な キ ャ ン バ ス に
文
字
を
置
い
て
遊 ん で い ま す
前回の記事にて、得意とする五感で、他の五感の弱い部分を補完することについて触れておりますが、補完する仕組みを活用するためには、脳の柔軟性を上げることが必要です。
脳の柔軟性を上げるヒントにもなるかなと思い、本日、この記事を書くことにしました。
エディタ は キャンバス
noteのエディタは、真っ白ですよね。真っ白い画面が広がっています。
絵を描く感覚で文章を書くというのではなく、
文字を置いていく、その場所にふさわしい文字を当て込んでいく。
特に、この「日々の思考の発散」シリーズは、そんな感覚です。
行間やスペース
記号
漢字 ひらがな カタカナ 英語
どういう表記にするか
どの位置に文字を置くか
もちろん、読み手の読みやすさ、見やすさも意識しておりますが、たまに真っ白な画面に文字を置いて遊んでいますね。
「Any」や「好きなひらがな」とかは、遊んでますね。
オフセットされた制限や概念を外す
皆さんの中でそれぞれ、noteはこういうものだ。こういう使い方をするものだという概念や基準があるかと思います。
さらに、創作ならこういう風に、収益化ならこういう風にと、オフセット(基準点からの位置の補正)するように、既に意識がセットされているのではないでしょうか。
フラクタルを持っている人は、物事の見方や考え方が一般的なソレとは異なるケースがあります。多くの人が同じルールや遊び方をしている中、一人だけ違う遊びをしたり、新しい遊びを生み出したりしています。
私と同じように、文字を置いて遊んでいるように、真っ白なキャンバスに文字を描いている人は、noterさんの中にいらっしゃるのかな。
私は個人的に、noteはもっと自由に書いていいと思っています。紙ほどの自由度はありませんが、私は自由度の高いこのエディタ画面が好きです。
文字を書く場所も、左上のカーソル位置からじゃなくてもいいのにね。キャンバスなら、どこから書き始めてもいい。
読み手を意識すると、削がれてしまう部分は出てくる。そこで何を削いで、何を残すのか。
ちゃんと中身も読まれずにスクロールされるだけなら、どれも同じ文字の並び方なら意識されずに流れてしまう。
そこまで奇抜にする必要はなくて。少しだけでも空間の使い方を意識すると、それまでと記事の見え方が違って見えるかもしれませんね。
あとがき
本日は、「noteを書く時の意識と感覚」について書いてみました。
私は、こうでなきゃ、こうしなきゃという意識が薄いようです。
一般的な常識やルール、概念は把握していますが、何かを考えるときにそれらが制限や制約になっていないというか、当たり前のように ⬜︎ の枠の中に自分が収められないようになっています。
今日は最後に「好きなひらがな」で描いた「ふ」を別ver.でおいていきます。皆さんの好きなひらがなは何でしょうね。
ふ
ふ ふ ふ
ふ ふ
~ ふのお花 ~
ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ
ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ
ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふふ ふ ふ ふ
ふふ
~ 夜空の下で佇む ふ ~
最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
良い夜をお過ごしくださいませ。
