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是枝色に染め上げながらも原作忠実:映画『ルックバック』レビュー

 是枝裕和監督の新作が『ルックバック』と知り、同作をヴェネチア国際映画祭のコンペに出品するということで、いささか意外な感をもった。
 藤本タツキの原作発表は2021年7月。是枝監督は、発表早々から偶然の出会いで本作に注目し、その後、子役デビューの頃から大切に育てている蒔田彩珠を書店に伴い原作コミックを読ませ、蒔田彩珠本人に京本役で映画化するからと伝えたと試写会で明かされた。一昨年公開で映画館を賑わせた押山清高監督のアニメーション映画と、どちらが先の着手だったのだろう。公式発表年次では、アニメの方が先行している。
 しかし、あらためて考えてみれば、そうした詮議は無用。藤本タツキの原作そのものが、あらゆる表現者、製作者たちにきわめて大きな影響をもたらした、という受け止めで十分である。それほど衝撃的だったということである。
 おそらく、作品発表の3年前に起こった京都アニメーション放火殺人事件が契機になっているのだろうと推察される。事件の深刻さは、あまりに大きく、深かかった。
 藤本タツキは、表現者として、事件を他人事とはせず、重く引き受けながら自らの内ある創り出すこと、描き続けることの労苦多い具体を昇華し、ひとつのドラマとして描き出し、世に問うた。作品は、ふたりの少女がただ漫画を描くことだけに焦点絞られ、未来へと向かっている。本来なら、その未来はもっと長く、高く続くはずだった。ところが、その洋洋たる前途が、一瞬の理不尽さにより断ち切られてしまう。その悲惨を、物語の主人公藤本は自分ごととして引き受け、号泣する。それでも、藤本は描き続けていかなければならない。原作も、アニメ映画も、藤本の、同伴者京本を漫画世界に引き込んだことの後悔の重さを強調していた。そう理解しなければ、終盤に置かれた実現しなかった未来時間の描出に説得力はなかったろう。
 そうした原作やアニメ映画と等しく、是枝監督が未来が断ち切られたことをのみ強調し、幼いころから邁進した自らの世界に才能ある不登校の同級生を誘引したことを後悔させ、悲嘆させるのだとしたら、あえて後発で実写化する意味は薄まってしまったかも知れない。是枝『ルックバック』は、そこが、やんわり回避されている。二人して描くこと、特にその「線」の描写音が強調され、そゆえに、その後の藤本のデジタル描出への移行が顕著な相違となる。そして、繊細なタッチでの四季の描出。そこが大きな見どころとなっている。主役の出口夏希、蒔田彩珠、文句なし。加えて藤本、京本の小学生時代を好演した七瀬ふうり、岡田六花、ともに素晴らしい。是枝監督は、いつも通り、幼い二人には事前に台本を与えず、現場合わせの上、より自然な立ち居振る舞いを求めたとのこと。そうした是枝流が違和感なくまとめられている。
 ヴェネツィアでの本賞受賞とはならなかったが、現地での独立賞3賞受賞とのこと。受賞を祝しつつ、あらためて京都アニメ事件への追悼を重ねて、藤本タツキ、是枝裕和の作品制作にこめる強靭な意志を受け止めたい。

参考記事
https://www.oricon.co.jp/news/2480057/full/

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