「映画大好きポンポさん」を観たかめちゃん〜90分に込められた情熱と編集の物語〜【感想】
どうも、かめちゃんと申します🐢
前回の感想noteから間が空きましたね。
「月刊かめちゃん」というのを観てもらえるとわかるのですが、色々あって忙しかったんすよ〜
とか言いつつ、まだまだその最中ではあるのですが、ついうっかり映画を観てしまったというワケ。
いや、まぁちゃんと時間は確認しましたよ?
1.5hくらいのものを選びました。
「映画大好きポンポさん」という作品です。
多少ネタバレは含みますが、結末は明かさないという形で進めます。
それではよろしくお願いします〜
▼過去の感想noteはこちら▼
概要
本作は【人間プラモ】こと杉谷庄吾氏による漫画を原作とした2021年公開のアニメーション映画です。
タイトルにもあるように「映画」がキーとなるこの作品。
溌剌とした才気溢れる敏腕映画プロデューサーのポンポさんと、その制作アシスタントとして働く自信がなく卑屈な性格のジーン。
まず、本作の"起"にあたるのは、ポンポさんがジーンに仕事を任せるということでしょう。
最初の大仕事は売り上げを左右する15秒のCM作成。そこでの体験を経て、ポンポさんはジーンに映画監督として作品を任せるという判断をします。
次に"承"にあたるのが、その映画撮影。
大物俳優と新人女優という座組の中で、アクシデントもありながら一丸となって映画作りをすることの楽しさを感じるジーン(および新人女優ナタリー)の煌めきを感じられます。
続いて"転"は撮影した素材を編集していくと言う作業。本来的にはもっと沢山の人でやるのだと思うのですが、本作ではジーンが編集を一手に担い、1人の作業であるということが彼の迷いを生じさせます。
そして、その迷いは作品の進行にも影響して...という感じ。
最後の"結"では、前段の事案を解決すべくジーンは映画に向き合うということになります。
ネタバレ回避のため流石にこの辺にしときますが、果たしてどのような結末を迎えるのでしょうか...??
観てどうだったか
ポンポさん談ですが、現代の娯楽として2時間以上の拘束を求めるのは...みたいなことがあった中で本作は90分で構成されており、まさにポンポさんの考えが反映されたような作品です。
本作はそうしたメタ的な枠組みの中で描かれるジーンたちによる映画制作の光景と、ジーンたちによって描かれる劇中劇としての映画という層構造を成していると言えるでしょう。
と言っても、重要なのは劇中劇である映画を通して、自己と向き合うジーンというわかりやすい設定です。それを90分というテンポのいい展開により、非常に観やすい形でまとまっている作品だなと感じました。
メタ的な意味合いとしては、90分の映画作品としたことで1クールアニメだと間延びしてしまうようなところや、間が空いてしまうことによる影響がありそうなものをまとまって面白く感じられるという体験につながって、映画の良さを味わえる構造だったなとも思います。
ただし、90分に収めるためかご都合主義的展開は多用されています。明確な悪役を置いた勧善懲悪ではなく、周りに恵まれたサクセスストーリーであるという点は評価が分かれそうなポイントではありますね。
個人的には、本作は整合性や現実性よりもシンプルにわかりやすくすることを重視した作品で、ミステリならそこを求めたいのですが、僕はこの作品にそこを求めていなかったので楽しめたという感じかな?と思います。
さて。90分という限られた尺の中で、伝えたいことが沢山あると話は拡散してしまい、話はまとまりがなくわかりづらいものとなります。
だからこそ編集をするのですが、まさに本作の山場はそこに焦点が当てられているように思います。
映画を作る中で、チーム一丸となることの大切さをテーマにすることもできる中で、
それも描きながら逆に対照的な"個"としての"静的"な作業を山場に持ってくるというのが、これぞ日本のアニメーション作品だなと感じられる面白いところですよね。
そういう日本的、という意味では挿入歌などの演出もそうした雰囲気を感じます。
編集のシーンで登場するCGなどを用いた表現は「サマーウォーズ」なども彷彿とさせ、それもまた日本のアニメーションらしさを感じさせる要素となっていたように思います。
そもそもジーンやナタリーは非常に日本人として親しみ深いようなキャラクター性で描かれているなと思います。特にナタリーはジブリの女の子の可愛らしさのような感じが良い味出してます。
それと対照的なのがポンポさんですね。
彼女ももちろん心理的な側面は描かれているものの、若くして活躍して、テキパキと判断していくような姿。キャリアウーマン的だけど、見た目は幼いというギャップはアニメ的ではありつつも、人物像は飛び級などがある文化圏の価値観を反映させているような感じがします。
日本的(日本のアニメーション的)な枠組みとキーキャラクターと対照的に海外的なビジュアルや価値観を反映したようなキャラクターが登場することで、コントラストとして画を引き立てつつ、ストーリーの彩りを盛り立ててくれているように感じました。
また、場面切り替えの際には非常に動画的な編集が用いられており、楽しさを演出してくれるものになっていたなぁとも思いましたね。
そうしたことを踏まえて、例の如く自分のことを置き換えながら考えてみると、本作の"転"の部分で描かれた悩みは自分の中にも日々感じるものだなと共通点を感じまして。
僕は今、まさに博士論文というのを書いているのですが、論文組み立てるにあたってはジーン同様に、何を切り捨てて、何を残すのかという対話が求められます。
指導教員との間でよく出てくるのが「おでん」の話でして。
どのような研究がある中で、どのようなことに着目し、どのような方法でどのような結果が示されたのか。そして、それがどのような意味を持つものであるのかを考察するのですが、それらの軸となる"串"が大切であると。
要するに、目的・テーマがぼやけるとまとまりがなくなって評価できないと言うことです。
これは僕が心理学という、目に見えない構成概念を扱う学問の上で論文を書いているからこそだなぁとも思います。
まさに博士論文ではあれやこれや言われる中で何が大切かを見極めて、残したり、切り捨てて読みやすくしていく工夫が求められるなと痛感しているのです。
この、何が伝えたいかという目的意識は知識だけでなく生き様も表れるなぁと思っていて。
心理学の研究って、発端が自分や身の回りのことから派生して生まれたりするんですよ。特に学生の研究なんてそういうことが多いような?僕の周りだけかもですが。
もちろん論文ではそんな身の上話はしませんが、キッカケが自分だったりするからこそ、伝えたいメッセージっていうのがあるはずなんです。けど、卒論とか修論とかで期限に追われる中で、そこをツギハギの理論で固めるから何を伝えたいのか見えなることは良くあるように思います。
こんな偉そうなことを抜かしながら、僕もまた博士論文を書いている中で見失いそうになることが多くあります。
で、本作に立ち返ります。
本作ではやはりその伝えたいことを見つめることとなります。つまり、作品に自分がいるのかということ。
ハッとする部分がありました。
伝えたいこと、っていうのは自分の主観的なものが根本だったなって。
AIが発展する世の中だからこそ、誰がどんな思いでそれを書いているのか。そこをどう乗せるかってすごい大事だなと思いました。
いつぞや、名誉教授の前で研究を発表した時のことを思い出しました。
研究自体は褒めてもらえたのですが、なぜ君はこの研究をしようと思ったのか。理論やデータではなくて、その想いを聞かせてほしいと。
その時は正直、研究なんだからそんなことをさておいて客観的な話をするべきだと思いましたが、本作の視聴を通してその真意に気づけたような気がします。
さいごに
さて、結局自分語りではありましたが、僕の感想なのでこんなもんですね。笑
こうやって楽しみながらも、振り返っていく中で"鏡"にもなってくれる映画や作品っていいなぁって思います。
流石に今は毎日見れるような状況ではないのですが、ひと段落したらNetflixに入ることを決めたのでそれを楽しみに頑張っていこうと思います。
そちらでもおすすめがあったら教えてください!それでは!
