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20年近く楽器を続けてきた私が、大人になって改めて感じていること

私と音楽の10年

私は小学生のころにピアノを習わせてもらい、中学生になって吹奏楽部でトランペットを担当しました。真面目にコツコツ練習している姿を見て、両親がトランペットを買ってくれました。

大学生になってからはオーケストラ部に入り、クラシック音楽の魅力にどっぷり浸かりました。社会人になってからも、妊娠するまでは複数の吹奏楽団を掛け持ちし、毎週のように練習に出かけていました。

物を欲しがらない子どもだった私に、あの時トランペットを買ってくれた両親には、本当に感謝しています。20年弱、私の人生を豊かにしてくれているからです。

大人になっても「仲間」ができる

大人になると、職場以外で新しく交友関係を広げていくのは難しいと感じます。そんな中で、音楽サークルは比較的多く、楽器を一台持っていれば参加できるコミュニティはたくさんあります。

楽団に入ると、同僚、友人とはまた違った、「仲間」という存在ができます。

正直、あんまり好きじゃないな、というタイプの人もいます。練習の方法に口出しをしてきたり、ソロを奪い合って対抗意識を燃やしたり。

でも、一緒に汗をかいてコンサートを作り上げると、「お疲れ様」と言い合ってなんとなく信頼が生まれたりする。あんなに「腹が立つ!」と思っていたのに、「仲間」って不思議だな、と思います。

人が集まると、人間関係のゴタゴタも生まれて、誰々が退団するなんていうのもしょっちゅうです。でも、大人になるとそういった環境に身を置くことも減ってくるので、これもまた一興、と思ったりします。

自分の音が必要とされる気持ちよさ

大人数の中で自分の音が必要とされることって、ものすごく快感です。曲の中での自分の役目をしっかり果たせたと感じたときは、最高です。私にとって、承認欲求が一番満たされる瞬間です。もちろん、その分上手く吹けなかったときはダメージを受けますが。

そして、ソロなど褒められると、単純にすごく嬉しいです。打ち上げなどで、「かめこさんのトランペット好き!」などと言ってもらえると、心がもう浮かれてしまって、最高の気分になります。

一つのことに集中できるという点でも、合奏はメンタルに良いです。ストレスを解消するには、癒しよりも没頭だと、個人的には感じます。仕事で嫌なことがあっても、練習に行って音を合わせると、いつの間にか胸がスッキリしている。そんな経験が何度もありました。

現実とは別の場所に行ける

音楽のよさは、絶対的に美しいことだと思います。私には楽典などの知識はなく、難しいことはわかりません。でも、淘汰されてきた音のつながりは、疑いようのないほど美しいと思っています。

そういう美しいものに、手を伸ばすことができる。現実世界から一つ別の場所に行ける気がする。それが音楽の素晴らしさではないか、と思います。

大人になってからレッスンを受ける面白さ

私は高音を出すのがとても苦手でした。どうしても高音を出したくて、大人になってからトランペットのレッスンを受けに行きました。

子どもの頃は、レッスンに通うのは親に連れて行ってもらうものでした。でも大人になると、自分で稼いだお金を払って、自分の意思で習いに行く。課題を一つ一つクリアしていくのはとても楽しいことでした。

そして、なんといっても上達が早い!(笑)何かを習得するには時間とお金をかけることが近道になるということを、身をもって体験することができました。

今になって思うこと

子どものときは、ただ夢中で練習していたトランペット。大人になった今は、居場所を作るきっかけとなり、仲間を作り、嫌なことを忘れる時間になり、日常を離れる場所にもなっています。

これから先、生活や環境が変わって、今までと同じように楽器を続けられなくなるでしょう。でも、できる形で音楽は続けていきたい。20年近く私の人生を豊かにしてくれたトランペットを、これからも大切にしていきたいと思います。


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