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【ショートショート】戦士に選ばれしオッサン

「はぁ……イヤな夢を見たもんだな」

 俺は目を覚ますと、身体中を濡らす汗に不快感を覚えた。

「なんなんだよ、中坊でもないのに。
世界が壊れるとか、怪獣が出てくるとか。
疲れてるのか?」

 シャワーを浴び、誰も用意してくれない朝食をテーブルに並べる。
 いつも通りの朝だ。
 テレビをつけ、ニュースを見るが、もちろん世界は小さな出来事を知らせるばかり。

「怪獣ねぇ」

 苦笑いをしながら、出勤の支度を始めた。
 俺は、四十歳になろういうオッサンだ。
 かつて妻がいたが性格の不一致という、どこにでもある理由で離婚した。
 寂しい日常に思えるだろうが、これが結構平和に感じる。

 以前は、会社の帰りに買い物を頼まれたり、子どもが熱を出したから早退できないかと言われたり。男がそんなことで帰れるかと思いつつも、家庭平和のために早退願を書いていた。

「世界平和かぁ。家庭平和も守れなかったんだ。世界なんて守れるわけないのに、なんであんな夢を見たんだろうなぁ」

 くたびれた中年の俺が、怪獣が出てきて世界を壊すなんて、よくも見たものだと思いつつ、いつものように混雑している電車に乗った。会社に着くと、そこにはダルそうな同僚たちがコーヒーを飲みながらパソコンを睨んでいる。

「まだ就業時間でもないのに、みんな頑張るよなぁ」

 そんなことをつぶやきながら、俺も歯車の一つとなり、いつもと変わらぬ仕事を始めた。
 ただ、妙に夢のことが頭の隅に座り込み、子ども時代に戻ったような楽しさを感じていたのは否定できなかった。

「あの夢、あのまま世界は滅ぶのかなぁ。
できれば、ヒーローが出てきて、怪獣と戦うとかになると、面白いんだけどなぁ」

 仕事を終えたまにはと、DVDを借りに店に入った。借りたのは有名どころの戦隊もの。
 なんでこんなものを借りたのかは、俺にも分からない。なんとなく手にして、居座る夢の続きをテレビで見ようと思ったのかもしれない。

 ビールを飲みながら、ヒーローの活躍を見ていた俺は、またしても夢を見た。
 やはり怪獣が出てきて、ビルを踏みつぶしていく。DVDに登場したようなヒーローがやってきて、怪獣と戦う。そこで目が覚めた。

「DVDで見た奴がそのまま登場するとか、俺ってまだ純粋なところがあったのかもしれないな」

 そんなことを呟き、同じ朝を繰り返す。
 だが、さすがに三晩続けて見ることはないだろうと思っていた。
 いくら何でも、オッサンが見て喜ぶような夢でもない。何より、あんな怖い怪獣に踏みつぶされたくもない。

 ところが、夢はそれからも続いていき、俺の脳はあらぬ考えにとりつかれた。

「もしかして、これは意味があるのかもしれない。
この先苦難がやってきて、その苦難に立ち向かえとか?」

 苦難と言われても、思いつくのは仕事でミスをするくらいだ。

「いや、ミスをするってのは、会社員にとって一大事だよ。
気を付けよう」

 しかし、どんなに気を付けても夢が消えることはなかった。
 そんなある朝、いつものようにテレビをつけると、ニュースが流れた。画面には、街一つが壊滅した映像。それは、夢で見たのと同じだった。

「え?! なんだよこれ?!
どうしてこんなことが……」

 原因不明とテレビは叫び、こんなことが一晩のうちに起こったと伝えている。

「信じられない……」

 その時、テレビが眩しいくらいの光を放ち、ニュースのはずの画面に、見たこともない白髭の男が映し出された。

「どうだ。とうとう現実になっただろう?
だから散々、未来を見せてきたというのに、お前は何も気が付かないんだから、困ったものだ」

「はあ?」

 一体どうしてこんなジジイが映っているのか理解できず、俺はリモコンを手にすると、チャンネルを変えた。ところが、いくらチャンネルを変えてもジジイが映し出される。

「なんだよ! テレビ局は何やってんだよ!」

 イラついていると、ジジイは「よっこらしょ」とばかりに画面から出てきたのだ。

「う、うわあ! なんだよ、どういうことだよ!」

「そんなに驚くことはないだろう?」

「そ、そうか。俺は夢を見ているんだな。これは夢だ。
夢の中で、夢だと思うこともあるって聞いたことがある。
だったら」

 俺は自分の頬を叩いた。さっさと目を覚まして、現実に戻ろうとしたのだ。ところが叩いた頬に痛みが走り、目が覚めるどころか、これが現実だと確認することとなった。

「どういうことだよ……。
アンタは一体誰なんだよ」

 腰を抜かし、立つこともできない俺は、震える指先をジジイに突きつけた。

「わしは神だ。こんなことができるのは、神様くらいのものだろうが」

「か、神だって……?」

「おまえには散々世界が壊れると教えてやったというのに、まったく気が付かないんだから。どこまでどんくさいんだろうな」

「どういうことだよ……」

「夢を見ただろうが? 世界が壊れて行くという、壮大な夢を」

「壮大って……単なる悪夢だろうが」

「現実に起こることを見せていたんじゃよ」

「なんで……俺に?」

「お前が世界を救うためじゃ。
最初に見たときに、世界を救うヒーローとして戦いを挑めばこんなことにはならんかったのじゃ」

「俺がヒーローだって?」

「ああ、その通りじゃ。
良いか、今世界は宇宙からの侵略者によって壊されようとしている。
それを止め、救うことができるのはお前なんじゃよ」

「はあ?
それは人選ミスだろう?
俺はもうすぐ四十になるオッサンだ。
これが本当だとしても、俺にできるわけないだろうが」

「できるから、お前に白羽の矢が当たったのだ」

「そんな、こっちの意向も聞かずに」

「人間が神に逆らえるわけがなかろうが。
お前が世界を救うのじゃ!」

「馬鹿なこと言うなよ。大体、ヒーローになれって、どうやってだよ」

「そのスプーンを天高く掲げよ。
するとたちまちお前はヒーローのスーツを身に着けることができる」

「はあ?
そんなスーツを着て、どんな力があるっていうんだよ。
殴られても立ち上がって、ケガしてもすぐに治るっていうのか?」

「そんな便利なものがあるなら、わしが欲しいわい」

「じゃ、どんな力があるんだよ」

「やる気になれる」

「いらねーよ!
俺はサラリーマンなんだよ。
ケガなんかしたら、仕事ができなくなるだろうが!」

「ええい、四の五のうるさい奴だ!
とにかくお前はわしが選んだヒーローなんだから、宇宙の侵略者を叩きのめしてこい!」

 言った途端に神様は光の中に溶けて行ってしまった。

「ふ、ふざけるなよ……。
中年のサラリーマンが、そんなことできるわけないだろうが。
体力だってなくなってるっていうのに。
俺はなぁ、満員電車に乗るだけで疲れるんだぞ!」

 やってられるかとばかりに、俺は仕事用のスーツに着替えると、使い終わった食器を流しに持って行った。

「スプーンを……ねぇ」

 手にしたスプーンを天にかざそうかと思ったが、ばかばかしいと放り投げた。
 
「オッサンがヒーローになれるわけねぇだろうが」

 呟いた俺は、カギを手にすると玄関を開けた。

 翌日もまた、ニュースは街が壊滅したと叫び、その映像が報道されていた。次々に壊されて行く街は、まるで怪獣の足跡のようだった。

「マジかよ……」

 休日となり、ベランダでタバコをふかしていた俺は、いい加減慣れてしまいニュースを流しながら眼下に見える街を眺めていた。
 その時、俺の目にゴジラのような物体が映った。

「え?」

 街はゴジラが歩くたびに潰され、人々が逃げまどっている。

「マジかよ……宇宙からの侵略がゴジラって。
宇宙からの侵略なら、宇宙船とかじゃねーのかよ……」

 口から流れ出る煙が空中に溶け、消えていく。それと同時に、街が潰され消えていく。

「嘘だろ……いや、嘘だよな」

 神の言葉が頭をよぎり、俺の視線が台所へと向けられる。
 そこにあるのは、あのスプーンだ。

「俺がやらないと、街は無くなるのか?」

 タバコを足元に落とし、サンダルの底で踏みつける。
 俺がやらないと、世界は終わる――そう思った俺は、恐怖に足が震えるのを感じた。だがその時、宙を駆け巡る五色のスーツが目に入った。

「な、なんだあれは?」

 空中を飛び交い、ゴジラへと拳をぶつけている。

「特撮、だよな……」

 しばらく戦いを続けていたスーツたちは、俺の目の前のマンションに下りると『ダメダ、歯が立たない』『それでも俺たちがやらなければ地球が侵略されるんだ!』と叫んでいる。
 その声は若く、疲れは感じるものの、まだまだ戦えることを示していた。

 俺は新たにタバコに火をつけると、大きく吸い込みニヤリと笑みを浮かべた。

「現実、だったのか……。
だからって、疲れたオッサンの俺がやらなくたって、こうして若い奴が戦ってくれるんだ。それでいいじゃないか」

 俺は言葉と共に煙を吐き出すと、これこそが適材適所だと、戦うヒーローたちを観戦し続けた。

「ヒーロー頑張れよー」

 だがその時、ゴジラの身体が傾げ、俺の身体がゴジラの影に暗く沈んで行く。
 悲鳴を上げる俺の耳に、どこからかあざ笑うような声が聞こえた。

「だからおまえが戦えって言っただろう」

 それはどこかで聞いたことのある、声だった。


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