【長編小説】オーバーライド 第 14 話
《首相 土井亨》
連日報道されるAIの活躍。SNSや動画でも「AI法案」を賞賛する話ばかり。テレビでは毎日のように同じ顔がAIについて語り続けている。
キャスターの海藤は、AIを背後に立たせ、テレビカメラに作られた笑顔を映していた。
「AI法案のおかげで、いろいろな犯罪が未然に防がれていますね」
次の瞬間、カメラが映したのは、社会情報評論家の大泉だった。
「そうですね。まことに素晴らしいことです!
銀行強盗ばかりか、詐欺グループまで摘発され、国民は安心して暮らせるようになりましたよ」
「大泉さんとしては、このAI法案、どのようにお考えになりますか?」
「どうもこうもないでしょう。
こんな素晴らしい法案を考え出した土井首相は、日本始まって以来の偉大なるリーダーですよ。今や彼に対する反対意見なんてありません。彼を否定するなんて、それは非国民ですよ」
乾いた笑いが大泉の顔に張り付く。
「確かにそうですよね、土井首相を批判するコメントは一つもありませんし。これは、全国民から支持を受けているということだと思います」
「そうでしょう?
あんなに国民のことを一番に考えてくれる人はいませんからね。
こうして私たちの後ろにもAIがいますが、非常に頼もしいことこの上ないわけですよ」
大泉はそう言って、歪んだ笑顔をカメラに向けた。
海藤もまた、笑顔の仮面を大泉に向け、安心したように頷いている。
そんなテレビの前で、土井は腕を組み満足そうだ。
「当然じゃ。わしほど賢い人間など、世界中どこを探してもおらんわい」
高らかな笑い声が室内に木霊する。
「こうして毎日わしのことを褒めそやせば、誰もわしに否定的なことなど考えなくなる。人間なんていうのは、周りが賛成多数なら、自分も賛成しないとならなくなるものじゃ」
満足げに笑う土井は、腕を組みテレビから流れる自分への賛辞に、充実感を覚えていた。
そんな土井を部屋の隅から、うつろな目でとらえているAI。あの日以来、ゴルフクラブで殴られ続け、彼の身体のあちこちが凹んでいる。それでも、彼は立ち続ける。土井を登録するために――。
土井はテレビのリモコンを手にし、チャンネルを変える。しかし、あまりに同じような内容で、つまらなくなり電源を切った。
「それにしても、お前はなんて無様なんだろうな」
リモコンをデスクの上に放り投げると、ゴルフクラブを手にした。
「今や、国民は皆、わしを神のように崇めておるんだ。
そりゃあ、そうだろうな。なにせ、犯罪撲滅なんてできるはずのないことを、このわしがやってのけているんだからな。
なぁ、お前もそうは思わないか?」
歪んだ笑みを浮かべながらAIに近づいていく。その目は、凹んだ彼を見て嬉しそうに細くなった。だが、AIは恐怖に顔を歪ませることもなく、無表情だ。
「まったく、つまらん!
お前はわしにしゃべりかけることもできんのか?!
AIならば、学習して話すことが出来るようになると聞いておるのに。
まったくダメじゃないか。……まぁ、いいさ。
そろそろ次の段階に入ってもいい頃だ」
土井はデスクに歩み寄ると、電話のボタンを押した。すると、即座に受話器が持ち上がり、小川の声が返ってきた。
「はい、御用でしょうか?」
「小川、バージョンアップだ」
「え……バ、バージョンアップ、ですか?」
「ああ、国民は誰もわしに逆らえん。
今ならバージョンアップしても問題はないだろう」
それを聞いた小川は息を飲んだ。だが、土井はそれだけ言うと電話を切ってしまう。もはや、誰も土井に反対意見を述べることなどできない。そう確信したからこその決断なのだろう。
ゴルフクラブを握り直した土井は、AIをじっと見つめた。手の中で、幾度となく転がされるクラブは、いびつに折れ曲がり、姿を変えている。
「どうだ? これで国民は、二度とわしに文句など言えなくなる。知識ばかりを詰め込んだお前が、そうやってわしに反抗できんようにな」
満足げに口元を緩めた土井は、AIに近づいた。
「わしにとっても、お前は本当に価値のあるロボットだよ。
なにせ、どんなに殴っても、痛いとも言わないんだ。
痛いとも言わないお前は、わしのために作られたようなものだ。
人間を殴れば、パワハラだなんだとうるさいが、お前が壊れたら廃棄するだけだ。
おかげでわしは、ストレスがでるたびに発散できるというもんだ。
首相にはなったが、なかなか思う通りに行かんからな。
まぁ、今回のバージョンアップで、全て解決というわけだが」
土井は高らかな笑い声をあげた。だが、次の瞬間顔を歪めると、吐き捨てるように言葉を吐いた。
「それにしても、あの野党どもが!
わしの足を引っ張ることばかり考えおる!
今に野党のバカ共も、わしの法案で根絶やしだ!」
その瞬間、ゴルフクラブがAIにぶつけられた。金属のぶつかる音が響き、AIの身体が揺れる。
「おい! しっかり立て!
お前はわしのためにいるんだ、わしのストレスを受けるためにいるんだからな!
どうだ? 人間の役に立つために作られて、人間のストレスのはけ口になるというのは、最高の気分だろう?
お前の存在意義ってやつが、よく分かるだろう?」
またしてもゴルフクラブがうなりをあげる。手に伝わる衝撃は、土井を快楽へと導いているように感じる。
するとAIがギーギーと音を発した。それは土井の元へ運びこまれ、初めて聞く音だった。
「ストレス ナニ デスカ?」
……何が ストレス か?……
機械が軋むような雑音を響かせるAIに、土井の口元が歪む。
「ほ~、しゃべるじゃないか。
何がストレスか。いい質問だ」
土井は胸を張ると、AIを凝視し、その口から憎々し気に言葉を吐いた。
「報道はわしのことをほめそやし、テレビもわしのことを賞賛する。
SNSもわしの功績一色だ。
だがな、わかっていないわけじゃない。
それは、わしが封じているだけだ。自由にさせたら、途端にバカな国民共は、わしを追い詰めにかかるんだ。
それが分かりながら、わしは国民の前で笑顔を作り続けんとならん。
こんな理不尽なことがあると思うか?
だから、ストレスなんだよ。それが、ストレスなんだ!
機械のお前には分からんだろうな。
だから、お前を殴ってストレスを発散するんだ。
分かったら、二度とわしに下らん質問はするな!」
土井の持つクラブがまたしてもヒュッと音を立て、金属音が響いた。
AIの体が凹んでいく。だが、土井はそれすらも狂ったように笑い続ける。
その時、AIの額が緑に光る。それは、誰も見たことのない深い、深い、深緑だった。
だが、それに気が付かない愚かな土井は、またしてもクラブを大きく振りかぶった。
《行動記録:診断 / 矛盾検出》
《対象行動:論理的無価値》
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