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【短篇小説】運命のくすり

俺の前に立つな! 俺に偉そうな態度をとる奴は許さねぇ!
それが俺のポリシーって奴だ。

俺はガキの頃から、悪いと言われる限りのことをやり尽くしてきた。
ダチも俺を恐れて近寄らねぇ。
親でさえ、俺に文句を言うことはねぇんだ。
俺はそんな自分が誇らしくて仕方がねぇ。

ところがある日、そんな俺の前に、おかしな男が立ちふさがった。
そして、妙なことを言い出した。

「お前の命は、後5日だ」

唐突にそんなことを言われても、意味が分からねぇ。
それどころか、頭がおかしいのかと思うね。

「何言ってやがる。
俺が後5日で死ぬっていうのか?
そんなバカなことがあるかよ」

だが、男はにこりともせずにそこにいる。
俺はだんだんイラついてきた。

「おい、てめえ! 
ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ!
俺がどうして死ぬと思うんだよ?!
ああ? 俺はこんなにぴんぴんしてるんだぜ?
死ぬはずねぇだろうが! 死ぬ奴ってのはなぁ、もっと弱っちい奴なのさ」

俺がどんなに力説しても、男は俺をじっと見続けた。
だんだん薄気味悪くなってきた俺は、どうして俺が死ぬのかと聞いてみた。
すると男は運命だとぬかした。

「だが、ひとつだけ助かる方法がある」

助かる方法と聞き、そんな方法があるのならと、耳を傾けた。

「この5日間で、お前が一つでもいいことをしたら、この薬をお前にやろう」

男はそう言って、赤と白のカプセルを俺にみせた。

「なんだそれ?
ヤバイ薬じゃねぇだろうな」

「これは運命を変える薬だ。
これを飲めば、お前の運命を変えることが出来る」

俺はいぶかしがりながら、その薬に手を伸ばした。
だが、男はそれを握ると頭上高くに掲げた。

「これが飲めるのは、お前がいいことをすればの話だ。
今のままのお前に、この薬を渡すことは出来ない」

にこりともしない男は、真顔でそう言った。

「いいこと?
それなら十分やってんだろうがよ!」

男はふっと笑みを作ると、口元を歪めた。

「だったら、そのままでいたらいい。
5日後にお前は大きな後悔をすることになる」

背筋に冷たいものを感じた俺は、男をじっと見つめた。
まさか本当にそんなことが起こるはずはない。
健康と腕っぷしの強さが自慢の俺だ。
一体どんなことが起こって死ぬというのか?
すると男は、俺の思考を読み取ったかのように口を開いた。

「お前は、ある男といさかいを起こす。
今までお前がしてきたように殴り合いとなり、お前は拳で命を落とす」

「な、なんだよ。そんなことかよ。
この俺が、喧嘩で負けるわけねぇだろうが。
逆にこっちが、そいつをあの世に送ってやるさ!」

「5日後に、全てがはっきりするだろう」

男はそう言うと、俺の前から煙のように消えたのだった。

「き……消えた」

人間が消えるなんて、そんなことがあるはずがない。
俺は奴の言ってたことが、本当かもしれないと、恐れをなした。
だが冷静に考えれば、あるはずがない。
消えたと思ったのは、そう見えただけのマジックかもしれない。
バカバカしい。
どうして俺が、あんな野郎の言葉に怯えないとならないんだ。

そう思った俺は、翌日も同じように生きていた。
しかし、心のどこかで、もしかしたらという不安や恐れがなかったわけではない。
だからこそ、いつも以上に俺は強気になることにした。

道ですれ違ったババアを蹴とばし、ガキの背中をどついた。
俺の前を歩くなんてのは、許していいことじゃねぇんだ。
俺は誰よりも強く、誰よりも力がある。
だから、俺に道を譲るのは当然だと、俺は胸を張って歩き続けた。

そして5日目がやってきた。

俺はいつものようにパチンコ屋にいた。
今日が奴の言った最後の日だと思うと、どうもケツがもぞもぞしてしょうがない。
誰かと喧嘩してやられるなんて、そんなことがあるはずはないが、万が一ということもある。

「そうだ。あの野郎、俺がいいことをしたらあのクスリをくれると言っていたじゃねぇか。
だったら、今日が終わるのを待つより、先にいいことをしちまえばいいんだ」

そう思った俺は、パチンコ屋から飛び出した。
だが、いいことというのが分からない。
一体何をしたらいいことになるのか?
考えながら歩いていると、腹のデカイ女が道端にしゃがみ込んでいた。

「なんだよ、邪魔じゃねぇか。おい、どけよ!」

俺はいつもの調子で女を怒鳴りつけた。
ところが女の周りは水をまいたように濡れている。

「ウワッ! きったねぇ! こんなところでションベンしてんじゃねぇや!」

「ち、違います。破水したんです……お願い、助けて、ください」

青い顔をした女は、訳の分からないことを口走り、俺にすがろうとした。
俺は気持ちの悪い女だと、その手をはじき飛ばすと、女にケリを入れた。

「俺に触ってんじゃねぇぞ、ゴラァ!
テメエが触れるような、安い男じゃねぇんだ!」

俺が怒鳴ると、周囲の奴らが遠巻きに視線を向けてきた。
その中のひとりが走ってくると、女を見下ろした。

「あんた……大丈夫か?」

「た、す、けて」

苦しそうに繰り返す女は、腹をかかえている。
どうやら俺が蹴ったことで、余計に腹が痛むらしい。

「おい、アンタ! 妊婦になんてことしてるんだ!」

「うるせぇや! そのアマが俺に手をかけてきたのが悪いんだろうがよ」

「手を掛けたんじゃなくて、助けてくれと言ったんだろうが!」

「知るかよ!」

周囲の人間は、女を助けようと手を差し出し、中には救急車を呼ぶ奴も出てきた。
大げさな奴らだ。
腹にガキがいるからって、ちょっと蹴ったくらいで。これじゃまるで、俺が悪者みてぇじゃねぇか。

こんなバカなことがあるかと、面白くない俺は、うるさく騒ぐ男に拳を振るった。
こんな細い男に俺が負けるわけはない。
ところが、その途端男の拳が俺を打ちのめした。
まさかこの俺が……。許せねぇ!

俺が男を睨みつけると、男もまた睨んできた。

このまま終わらせることなんて出来るはずがない。
だが、ここでぶちのめしたら、周りの奴らが警察にタレ込むかもしれない。
そうなったら、今までやってきたことが全部サツにバレちまう。
とはいっても、コイツとこのまま別れたんじゃ、腹の虫が収まらねぇ。

誰が呼んだのか、救急車がやってきた。男は未だに俺を睨みつけている。
俺は男と路地に入ることにした。
男は俺に拳をぶつけたことで、俺に勝てると思ったのだろう。無言で俺についてきた。

路地に入ると、俺は踵を返し男に殴りかかった。
ところが、男は一瞬早く俺に拳を打ち付け、奴の膝を俺の腹にめり込ませた。
俺が痛みに転がると、奴は落ちていたブロックを手にし、俺の頭に打ち付けてきた。
気が遠くなり、何が起こっているのか分からない。
このままじゃ、死んじまう。

男は、俺に散々ケリを入れると、動けないことを確認し、路地から出て行った。
意識が遠くなり、俺は気絶したらしい。

気が付くと、周りは暗く星が見えていた。

「なんだよ、俺は長いことぶっ倒れてたってことかよ……」

言葉にしたはずの声が、弱々しく耳に届いた。
動こうとしても、体中に痛みが走り、動くことが出来ない。
寒さが手足を凍り付かせているのか、指の一本すら動かない。
その時、俺を覗き込む男がいた。

「あ……アンタは……た、たすけてく、れ」

男は見下すような笑みを浮かべると、口を開いた。

「アンタはこのまま終わるのさ」

「ど、どうしてだよ。まだ、今日は終わっちゃいねぇ」

「ああ、その通りだ。後4分だな」

「4……た、助けてくれ。俺は死にたくないんだ。
あ、あの、あの薬をくれ。運命が変わる薬をくれ」

「ああ、これかい?」

男はポケットから薬を取り出すと、親指と人差し指で挟み、月明かりに照らして見せた。

「それを、それを飲めば、俺の運命は分かるんだろう?
だったら、それを俺に……俺にくれよ」

「アンタ。何かいいことをしたかい?」

「いいこ、と?」

「この5日間の間に」

俺の顔から血の気が引いていく音がした。

「い、いいことなら、たくさんしたさ」

男は笑い声をあげた。

「老人を蹴り飛ばし、少年をつき飛ばし、動物を川に放り込んだだろう?
そればかりか、自分の前で話していたというだけで、ぶん殴って放置だ。
そして今日は、妊婦を助けるどころか、蹴り飛ばした」

「こ、これからするから。死にたくないんだ、頼む、助けてくれ」

俺は男の足に縋り付いた。
動かない体を動かし、よじ登るように男にしがみつくと、その手から薬を奪い取ったのだ。
取り返される前に、口に放り込めば、俺の勝ちだ。
これで俺は死ぬことはなくなり、俺の運命は好転する。

俺はクスリを飲み込むと、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

「どうだ、悔しいだろう。
これで俺は死なないんだ。
お前の思い通りになんかなるもんか!」

男を見て、口元を歪ませ笑みを作る俺に、男は冷たい視線を向けた。
その途端、頭の傷から噴水のように血が噴き上がった。

「ど、どうなってるんだよ……。
助かるはずじゃねぇのかよ?!」

男が口を開いた。

「その薬は、いいことをしたものにしか効果がないのさ」

「な、なんだと……」

街の大時計が深夜零時の鐘を鳴らした。


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