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【長編小説】オーバーライド 第 7 話

  

 第 2 章  監視AI



《現場作業員 相川一郎》


 相川は行きつけの居酒屋で、仕事帰りの酒を酌み交わしていた。
 店内はいつものように騒がしく、上司の愚痴や笑い声であふれている。カウンターの奥では、店長がせわしなく焼き鳥をひっくり返し、その香りが鼻孔をくすぐり、注文の声が後を絶たない。

 AIが配布され出して三か月、店内にいる客の後ろにもAIの姿がちらほら見られる。 
 そして相川一郎の背後にも、女のAIが立っていた。
 その容姿は美しく、長い髪を肩まで垂らしている。これで笑顔ならば癒されるのだろうが、その顔にはなんの表情もない。無機質な瞳は、どこを見ているのかもわからない。

 そんなAIがあちこちに立っているものだから、狭い店内はさらに狭く、両手にビールジョッキを持ち走り回る店員は、舌打ちをしながらAIを睨みつけ脇をすり抜けていく。

「いやあ、それにしてもいいものをくれたもんだぜ」

 作業着姿の相川は、ビールをうまそうに流し込むと、大きな口を開けて笑った。
 四十歳を過ぎて独身の彼は、寂しい日々を過ごしているのだろう。暗い部屋に帰る生活は、さすがにうんざりなようだ。

「まあ、表情がねぇのが残念だけどよ。そこはロボットだからなぁ。
タダでもらったわけだし、そこまで望んじゃいけねえよなぁ。
それでもよ、いつでも一緒にいるし、外からでも部屋の電気をつけてくれるんだぜ。もう、暗い部屋に帰る必要もねぇんだ。
便利なもんだよなぁ」

「へぇ、そいつは便利だな。便利な上に美人ときたら、そりゃあ、人生が変わるってもんだな」

 この相川と一緒に酒を飲んでいる男は、渡辺悟。
 同じ職場で命を張っているわけだが、相川との違いは、渡辺には家族がいるということだろう。

「テレビの話じゃ、家政婦にもなれるってことだったがよ。
その辺はどうなんだ? 料理はできるのか?」

「それがなぁ、知識としてはあるようだが、実際作らせたらまったくダメだったな。皿は割るし、カップ麺の蓋をあけさせればカップごと握りつぶすんだ。
料理ができるなら、うまいものが食えると思ったのになぁ」

「なるほどな、でも、その辺はきっと教え方なんじゃねぇのか?」

「教え方か……確かにそうかもしれねぇが、カップ麺の作り方なんて、どうやって教えるんだよ。あんなもん、熱い湯を入れて三分待てばいいだけだろうが」

「ま、ちがいねぇな」

 渡辺はそう言って笑って見せたが、まだ持っていないAIにかなり興味があるらしく、さらに質問を投げてきた。

「他に何ができるんだ?」

 聞かれた相川は、チラリとAIを見て考えた。だが、浮かんでくるものはないらしい。じっと頭を巡らし、口を開いた。

「そうだなぁ。力はあるよな、そこはさすがロボットって感じだ。
それに、生身の女なら面倒なことを言うけどよ、コイツは何も言わねぇ」

「何も言わねぇって、会話しねぇってことか?」

「いや、応えはするけどな。余計なことを言わねぇのさ。
だから、気が楽ってことだよ」

「なるほど、余計なことを言わねぇってのは最高だよなぁ。
俺の嫁も、余計なことを言わなけりゃ、ちったぁ可愛いんだろうけどなぁ」

 そう言って笑う渡辺は、どうやら本気のようだ。

「それにしても、この寒いのにコートもなしか?
しかも、半袖ってぇのは、見てる方が寒くなるじゃねぇか」

「そいつはしょうがねぇよ。送られてきた時からこの格好だからな。
さすがに女もんの服なんて、恥ずかしくて買いにいけねぇや。
それに見た目は女でも、所詮はロボットだ。本人は何も寒くなんてねぇだろうしな」

「そりゃそうだよな。ロボットが寒がるなんて話、聞いたこともねえや」
 
 店内にいるAIたちは、どれも半袖姿だ。周りがそんなものだから、コートなど着せていたのでは、逆に変な趣味だと思われそうだ。
 二人はゲラゲラと大口を開けて笑いあった。

「ところで、そのロボットには名前を付けたのか?」

 渡辺は、手にした焼き鳥をうまそうに口に運ぶと、その串で人型AIを指し示した。

「名前か……」

 嬉しそうに笑みを浮かべる相川は、AIへと視線を向け、その名を口にした。

「美人だからよ、好美(よしみ)ってつけたぜ」

「ヨシミか。どんな字なんだ?」

「好きに美しい、だ」

 相川はテーブルの上を指でなぞり文字を書いてみせた。そして『なっ』と相槌を求めるように、再び好美を見た。すると、好美は相川へ視線を落とし、機械的な音声で答えた。

「ハイ」

「あー、本当だ、しゃべるんだなぁ! いいなぁ、俺も早くそんなロボットが欲しいぜ。でもなぁ、今でもYouTubeを見ると否定的なことを言ってる奴もいるだろう? 何を言ってるのか、聞いてみたいと思っても、すぐに消えるからよく分からねぇが、AIは政府の回し者だって言うじゃねぇか」

 まだ人型AIを手に入れていない渡辺は、多少のやっかみがあったのだろう。「政府の回し者」と口にした。その瞬間――好美の額がうっすらと緑色に光ったが、二人はそれに気が付かなかった。

「政府の回し者? なんだそれ?」

「その人型AIってのはよ、国民を監視するために配られてるって話だぜ」

「何を監視するってんだよ」

「どんなものを食って、どんな人間と関係があって、いくらくらいの貯金があるか。とにかく、個人の情報の全てを監視してるんだとさ」

「なんだそれ?」

 相川はくだらないと笑っているが、渡辺はさらに話をつなげた。

「だから、相川さんだけじゃねぇけど、AIを手に入れたヤツはみんな、そいつらに監視されてるってことだよ」

 余裕の笑みを向ける相川に、苦そうな顔をする渡辺。二人をとりまく店内の喧騒は、酒の味を上げている。
 そんな中、好美の額がまたしても静かな光を帯びていた。

「なるほどね、俺を監視か。
とはいっても、何を食ってるなんてなぁ。家にいるときはカップ麺ばっかりだし、貯金なんてほぼゼロだ。時々行く競馬だって、当たったことがねぇや。
つまり、俺なんかを監視しても意味がねぇってことだなぁ」

 それを聞いた渡辺は、違いないとばかりに自分の額を叩いた。

「実は、俺も同じだ。どんなに監視されようと、見られて困るものなんて何もねぇや。ちょいとばかりこっぱずかしいのは、女房と布団の中にいるときくらいだな。
その時くらいは、離れててもらわねぇとな」

「俺にはそんな相手もいねぇから、問題ねぇや」

 独身の相川はそう言って、悔しそうに酒を煽った。背後に立つ好美の額が、静かに光を消した。
 店内にいる無表情なAIたちの額もまた、緑に光っては消えていた――。


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