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俺は犬神~神様見習い、はじめました~③

作者:篠宮あおい

《あらすじ》
俺は、14年犬として生き、家族と幸せな時間を過ごしてきた。
そして、残り1時間というその時——神様にスカウトされ、犬神として生まれ変わった。
けれど、力も経験もゼロ。こんな俺に、一体どうやって“願い”が叶えられる?
その時、授かったのは“想像したものを現実にする力”。
俺は大きな翼を思い描き、そのまま空へと飛び立った。
目指すのは、残された飼い主のもと。
だが行ってみるとそこに残されていたものはーー?

第2話 犬神任命と空への旅立ち(後編)


力強く翼を動かす俺は、一刻も早く、あの子の元へ行かなくちゃならない。
強がりで弱虫の、俺の飼い主の元へ。
早く!早く!
思えば思うほど、胸が痛む。
一刻も早く戻って「ただいま」を言おう。
この時、俺は自分が死んだことすら忘れていたように思う。
家に帰れば、優しいママさんが迎えてくれて、冷たい水を出してくれるはずだ。
飼い主は、俺の姿を見て、いつものように俺の尻尾を引っ張って、「どこに行ってたんだよ!ぽん太!」と喜んでくれるはずだ。
はやる心を抑えつつ、風を切って飛び続けると、見えてきたのは懐かしいウサギ小屋だ。
庭にはママさんが丹精込めて育てている花がある。
「あの花、穴掘りして怒られたっけなw
あの時のママさんは、鬼みたいな顔してたっけ」
忘れてはいけない思い出が、次々に思い出されて行く。
家族でやったバーベキュー。珍しく肉をくれたけど、熱くて口の中を火傷した。
雪が降った時は、庭に放り出されて、犬は外で遊ぶもんだと言われたっけ。
おかげでしばらく寒くて仕方がなかった。
ママさんとの散歩は楽しかったけど、奈津美を散歩させるのは大変だった。
いつまでたっても成長しない奈津美に、何度ママさんに「この子はいつになったら大人になるの?」と聞いたもんだ。
俺はあふれるように思い出される過去に、胸が熱くなるのを感じながら、庭先に降りた。
「乱暴者の飼い主だったけど…次は白い犬がいいとか言ってたけど、きっと泣いてるに決まってるよ。
自分の部屋で、枕を濡らしているに違いないんだ。
あの子は強がりばかり言ってたんだから」
俺は奈津美の部屋を覗き込んだ。
ところが、奈津美の姿がない。
「あれ?変だな、今頃はベッドに転がって泣いてるはずなんだけどな…」
考えていると、ママさんの声が俺の耳に入って来た。
俺は声のする方へと歩みを進める。
すると、リビングには俺の亡骸をなでるママさんの姿があった。
「ぽん太ちゃん…もっと長生きしてほしかったのに。
でも14年も生きたら、十分よね…」
いや、勝手に十分とか決めないでほしい。
俺だって、できることならもっとおいしいものを食べてから死にたかったんだから。
「ぽん太ちゃん…そんなに早くに逝かなくてもよかったのに」
室内に入った俺は、ママさんの横に座った。
「あのね、ママさん。
俺も急いで死んだわけじゃないんだよ。
できれば、肉を食べてから、神様になりたかったんだからさ」
「ああ…ぽん太ぁ」
俺の姿が全く見えていないママさんは、大粒の涙を流しながら、俺に話しかけてくれている。
突っ込みを入れながらも、俺の心も雨が降ったように濡れている。
こんなに悲しんでくれる家族がいるなんて、俺は本当に幸せだと思う。
「ぽん太ちゃん、お願いよ、戻ってきて。
ママにもう一度、その可愛いお顔を向けてちょうだい」
何とも、無理なことを言っている。
「ねぇ、ママさん。体に話しかけても答えられないよ。
俺はもうそこにはいないんだからさ。
それに戻ってきてとか言われても、それは無理ってもんだよ」
とはいっても、やっぱりママさんの涙を見ると、俺も辛くなる。
こんなに愛してくれてたのか…。
「ぽん太ぁ、こんなに早くに逝くって分かってたら、おいしいお肉を食べさせてあげればよかったぁ」
「え?肉?今からでも遅くはないよ!
ねぇ、ママさん。俺、食べることできるからね!」
「そうは言っても、今更どうにもならないわよねぇ…」
「そんなことないってば!
きっと大丈夫だよ!…死んでからまだ何も食べてないから分からないけど。
でも、多分食べれると思うからさ、肉!肉出してよ!ねぇ、ママさんってば!」
俺は一生懸命、ママさんに「肉!肉!」と連呼し、ママさんの膝に手を置いた。
だが、どんなに頑張っても、ママさんはまったく分からないらしい。
「ママさんって、こんなに鈍感だったのか。
でも、優しいママさんに、あんまり強いこと言いたくないけどさ。
そう思うならさ、ドッグフードばっかりじゃなくて、たまには肉出して欲しかったよ。
今さらだけどさ」
泣いているママさんに、こんなことを言っても無理な話だ。
なにせ、パパさんは、安月給のサラリーマンなんだから。
どうして知っているかというと、ママさんが良くこぼしてたからなんだけどね。
パパの給料が安いから、しょうがないのよ、我慢してねって。
言葉が通じないと思って、いろいろ話してたけど、『俺は愚痴を捨てるゴミ箱じゃないぞ』って、何度も思ったよ。
「ああ、ぽん太ぁ。もっと一緒にいたかったのに…」
「ママさん、そんなに泣かないでよ…俺まで悲しくなるじゃないか」
ママさんの涙は本物で、俺のことを思ってくれているのが分かる。
その時、奈津美の声が聞こえてきた。
俺は声の方へと顔を向けた。
すると、ひたすらスマホの画面を見ているじゃないか。
あんなに可愛がってくれたのに。
その俺が死んでも、コイツは全く泣かないのかよ?!
「ママ、やっぱり白い犬っていったら、マルチーズかなぁ」
「え…そうかも…」
「あたしさ、今度は小さい犬がいいんだよね。
ぽん太は大きすぎて、散歩してても引っ張ってばっかりだったからさ。
だから、小さいのがいい。
ねぇ、いつ買いに行く?」
「おい!俺はここにいるんだぞ!
俺の前で、そこまで堂々と言うかよ?!
少しは悲しもうって気持ちはないのかよ!」
俺は奈津美に向かって唸って見せた。
絶対に俺の姿が見えてるのに、わざと意地悪を言っている…と思ったからだ。
それに、俺だって神様が見えたんだから、奈津美も俺が見えるはずだろ?
「ほらママ、この子可愛いと思わない?」
いくら子供とはいっても、人としてどうなんだよ!
「まぁ、しょうがないか。
この子は、まだ子どもなんだからな。
人間ってやつは、いつまで経っても成長しないらしいし。
それに、泣かれるよりはマシってもんだ」
俺の飼い主は、ネットを検索しながら、あれがいいとかこれがいいとかやっているけど、その時、俺はあることに気が付いた。
それは、スマホを触る飼い主の指だ。
「え…指が震えてる。なんで?病気なのか?」
「ねぇ、ママ。早く新しい子迎えようよ…」
その声が微妙に震えているのが分かる。
「あ…そうか。あの子は、ああやって次を見てないと悲しくて、つぶれちゃうんだ。
わざとか…。大人のように強くないから。自分を壊さないようにしてるんだ。
そうだよな、あの子ってそういうとこあるもんな」
顔を見せないように下を向いたまま、スマホ画面を凝視している飼い主。
だが、俺がその顔を覗くと、目には一杯の涙が溜まっていた。
「泣くなよぉ…お前、意地悪で生意気で、俺のこといつもバカにしてたくせに…。
それなのに、泣くなよ…泣いたら、俺も悲しくなるだろう。
ほら、笑えよ…なぁ、笑ってくれよ」
俺は奈津美の頬に伝う涙をペロンと舐めた。
その涙の粒は、しょっぱくて胸が苦しくなるような味だった。
「あれ…今、ぽん太に舐められたような」
「そうだよ、俺だよ!俺がそばにいるから!」
「そんなわけないか、あはは…」
悲しい笑みを浮かべる奈津美。
その声が俺の胸を鷲掴みにした。
「分かったよ…すぐに白い毛の子犬に出会えるようにしてあげるからね。
そうしたら、もう悲しまなくてすむよ。
だから、もう少しだけ待ってて!」
俺はそういうと、ピンと背筋を伸ばし、玄関に白い子犬がいると想像した。
マルチーズがいいと言っているけど、それがどんな犬なのか分からない。
俺の頭に浮かんでくるのは、白くて丸いチーズくらいなんだから。
「これじゃ、ないよね…」
結局、あれかな、これかなと想像したけど、飼い主のいうマルチーズが浮かんでこないため、俺はふわふわした毛の白い子犬を想像することにした。
丸いチーズよりはずっといいはずだ。
誰が連れてきたとか、どうしてそこにいるのかなんて、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、俺がいなくなった飼い主たちの心の穴を、白い毛の子犬が埋めてくれることだ。
すると、玄関に白い毛の子犬が現れた。
「よし、吠えろ!ママさんは、犬が吠えるとすぐに飛んで行くんだから。
それで怒るんだからな。
だから、吠え声が聞こえたら、きっと玄関に行くはずなんだ」
すると、本当に玄関から子犬の鳴き声が聞こえてきた。
「あら?子犬の声…」
「え?」
ママさんと飼い主はじっと耳を澄ましている。
俺はさらに吠えるように犬に念を送った。
すると、よほど素直な性格なのか、子犬は「キャン、キャン」と吠えまくった。
「やっぱり子犬の声よ…玄関から聞こえる」
玄関へ走ったママさんは、ドアを押し開け、あたりを見ている。
『誰もいないわね』と呟き、ドアを閉めようとした時、俺は再度『吠えろ!』と命じた。
すると子犬がまたしても吠えた。
「念じただけで言うこと聞く犬って、プライドなさすぎだろ…いや、こうじゃないと困るんだけどさ」
自分で出しておきながら、妙な嫉妬心が湧く。
ママさんはというと、嬉しそうな声を上げている。
「ワンちゃん、どうしたの?!
なんでここにいるの?」
すぐさま抱き上げ、その子を家の中に入れてしまった。
「そいつが悪魔だったら、どうすんだよ。
ママさん、人が良すぎるよ!」
なんて愚痴が出るけど、本当に悪魔がいるかどうかなんて、俺には分からない。
そんなことより、これでこの家の人間は、俺がいなくなった寂しさを埋められるはず…。
これでいいんだとは思ったものの、飼い主たちは俺の体から目をそらすと、早くも子犬に夢中になった。
「可愛い!この子飼おうよ!」
飼い主がそう言うと、ママさんはにっこり笑って名前を考え出している。
「おいおい、早すぎないか?
俺の身体は、まだそこにあるんだぞ。
せめて、あと1時間でいいから泣いてくれても…w」
もちろん俺の声なんて聞こえるはずはない。
そんなのは、さっきから分かっている。
でも、いくら何でもこの変わり身の早さ!
「そうね。マルチーズを買いに行ったら、結構なお金がかかるけど。
迷子を拾うなら、お金はかからないし。
でも、飼い主が出てきたら、渡さないとならないわよ」
「飼い主が探してたら、でしょ?
きっと探してないよ」
「なんでそんなこと分かるの?」
「だってね、きっとぽん太がプレゼントしてくれた子だからだよ」
「そんな、バカなw」
バカなと笑いながらも、どことなく嬉しそうなママさんは「ぽん太2号なんてどうかしら」とつぶやいている。
「そんな名前可哀そうじゃん」
確かに可哀そうだと思うが、それ以上に俺への哀悼はどうなる?
飼い主とママさんの涙にほだされて、子犬を出したけど、これは早すぎる展開じゃないか?
できれば、もう少しだけでいいから、悲しんで欲しかった。
俺は大きなため息を吐きながら、小さな悲しみを覚えていた。
「神様も言ってたじゃないか、人間は薄情だけど、そうしないと生きていけないからなんだって…。だからこれでいいんだ」
俺は窓をすり抜け、外へ出ようとした。
だが、そのとき聞こえてきたのは──。
「やっぱり、この子の名前、ぽん太にしよう!
ほら、ママ!耳のところ見て!
ぽん太と同じ柄があるよ!」
「あら、本当だ…ぽん太ちゃん、お帰りなさい」
俺は自分の耳をなでながら、ぽん太2号を抱きしめる2人を見て、人間って悪くないとつぶやいた。
「こんなにあったかい人たちなんだ。
俺は人間の為に、犬神で頑張ってみるさ。
ママさんたち、ありがとう…」
俺は翼を広げると、力強く羽ばたいた。

《4話へ続く》


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